聖域の森 10
「人の臭いだ」
伏せていたローボが突然起き上がる、その耳は音も敏感に察知する。
「警戒しろ!」
ルーは手下に号令を出し、身構えた。アルフィンは直ぐに分かって、ローボ達に叫んだ。
「シルフィーとビアンカです! 敵ではありません!」
数分後、シルフィーとビアンカが突入して来る。シルフィーから飛び降りたビアンカは、剣を構えローボ達と対峙した。
咄嗟に飛び出したアルフィンが、ビアンカの前に立ち塞がった。
「アルフィン! 十四郎は!」
興奮し叫ぶビアンカは、アルフィンを振り解いて狼達に向かおうとする。
「十四郎は罠に嵌めれれたのよ!」
「どういう言う事!」
シルフィーがアルフィンに叫ぶ、当然ローボの耳に届く。
「詳しく話せ」
ローボの目が光を放つ、全身の毛は逆立ち牙を剥き出しにした。当然、盗賊達の話は完全に理解出来た訳ではないが、シルフィーは要点を話した。一つだけ確実に分かってる事は、十四郎がピンチだと言う事だった。
訳が分からないビアンカだったが、シルフィーやアルフィンが狼達と何か話している事だけは理解出来る。この狼達は味方なのか? それとも敵? 一番先頭の疑問を考えるが、狼達はビアンカの存在さえ目にはいらない様に、牙を剥いて唸っていた。
「皆の者、続け!」
ローボの声に、狼達は間隔を空け走り出す。ビアンカも追いかけ様とした。その時、遠くからの呼び声がビアンカの耳に届いた。視線の先には男女二人の乗った馬が全速力で駆けて来るのが映る。
「ビアンカ様!」
目前で止まると、男の方が片膝を付き、ビアンカに頭を下げた。
「私はマルコスの弟子、ココと申します。これは妹のリル」
「説明出来るか?」
ココは簡潔に説明しながらも、リルの行動を悔いていた。その盗賊達の話とは一致したが、今の状況を完全に把握した訳ではなかった。
「それでは、十四郎殿の援護に参ります」
ココは弓を構えると、隠れ家の方へ走り出す。遅れてリルも続き、ビアンカは後を追いながらシルフィーに振り向いた。
「シルフィー、待ってて」
その顔には恐れも不安も無い、シルフィーは一緒に行きたいのを我慢して見送った。
「いいの? シルフィー」
アルフィンが首を傾げながら聞く、直ぐに聞き返すシルフィー。
「ええ、あなたこそ行かないの?」
「十四郎、待っててって言ったから……でも……」
俯くアルフィンに、笑いながらシルフィーが言った。
「近くまでなら、いいと思うよ」
「そうね、近くまでなら」
二人? は顔を見合わすと、一気に走り出した。結局その場に残ったのは、リルの馬だけだった。
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十四郎の周囲を四人の盗賊が囲む、四人とも槍を持ち間合いを詰める。その後方では更に三人が弓を引き、狙いを付けていた。
「まずは、お手並み拝見と行くか」
椅子に座ったエルゴは、片肘と付いて不敵な笑みを漏らした。
十四郎は両手を下げ、構える体制を取らず目と耳で間合いを測る。四方同時に槍が十四郎を目掛けて突かれる、抜刀した十四郎は円を描くように槍を払うと、正面の男に突進し素早く胴を薙ぎ払う。次の超高速動作は右足で地面を蹴ると、左の男を袈裟切りで倒した。
その背中を幾本もの矢が襲うが、素早く身を翻しながら数本を刀で叩き落とし、しかも同時進行で突っ込んで来る右側の男の槍を払い上げ、返す刀で後ろの男を斜め下から打倒した。
右の男は倒された男には目もくれず、槍を横に素早く払う。十四郎は体を返すと伏せて避け、槍が行き過ぎると一気に差を詰め、至近距離から男の鳩尾に柄を叩き込み気絶させた。
そのままの勢いで十四郎は弓を構える三人に超速で向かう、ほぼゼロ距離からの矢を半身で躱し、間に合わない矢は刀で叩き落とした。そして一気に距離を詰めると、刀を高速で二度程往復させた。
十四郎が刀を仕舞い、エルゴに振り向いた時には三人の弓手は、ゆっくりと前向きに倒れた。
「何だコイツは……」
十四郎の動きは明らかにエルゴの予想を超えていた。速いだけでなく、確実に仕留め、しかも息一つ乱していない。エルゴは悪寒を超え、全身に鳥肌が立つのが分かった。
「どうだ?……これが本物の人斬りだ……違うだろ、他のどんな奴とも」
エルゴの後ろから姿を現した七子は、怪しい声でエルゴの耳元で囁く。
「凄い……凄いよ……本物の悪魔だ」
立ち上がったエルゴは、ブツブツと呟く。その顔は歓喜に満ち、焦点の定まらない目で十四郎を睨み付ける。
「さあ、どうする?」
氷の様な声で七子は囁く、エルゴはその声に怪しく答えた。
「まずは動きを止めるか……」
エルゴの目配せで、周囲の盗賊達が動き始めた。十四郎を二重に囲むと、一斉に剣や槍を構える。動きの速い敵は数で圧倒し、力で押し切る……速いと言え、相手は一人。エルゴの中で、十四郎への対策は完成していた。
「賢明だ。いかに強くても所詮一人、何時かは力尽きる」
エルゴに同意した七子は、囲まれる十四郎を睨み口元だけで笑った。
遠く、エルゴの傍に七子を確認した十四郎は、全てを悟った。大きく息を吐くと、ゆっくり刀を抜く……一瞬、脳裏にメグやケイトの笑顔が浮かび、その後で泣きそうなビアンカの顔が浮かんだ。
正眼に構えた十四郎の目が、研ぎ澄まされた剣豪の目になる。その圧倒的威圧感は、囲んだ盗賊達に無言の圧力となった。
「どうした! 何故行かん!」
大声で怒鳴るエルゴだが、手下達は動きを起こそうとはせず、じっと十四郎を睨んでいた。
「ほう、捨て駒でも怖さは分かるんだな」
その様子を見て七子は笑うが、エルゴは更に怒鳴る。
「行かない奴はどうなるか! 分かってるな!」
正に背水の陣、それどころか背後から火を放たれた状態であり、盗賊達は雄叫びを上げると一斉に十四郎に襲い掛かった。