芽生える感情
天井を見詰めるビアンカは、十四郎の剣捌きを思い浮かべ様とするが、思い浮かぶのは不思議な優しい瞳だった。
胸がモヤモヤする、腹立ち? 違う……屈辱? 違う……剣で負けたのはどの位前だったか……そう、考えると悔しさが溢れるはずが、何故か冷静に負けたことを省みる自分がいた。
ふいに飛び起きたビアンカは、祖父の元へ出向いた。
「おじい様」
「どうしたビアンカ? こんな夜更けに」
白い髭に覆われた、ゆったりと優しい雰囲気に柔和な笑顔。祖父 ガリレウス・メッサー・スフォルツアは学者だった。俯き加減のビアンカが、そっと呟いた。
「魔法使いについて、お尋ねしたい事が……」
「話は聞き及んでいるよ」
「本物でしょうか? 目的は何なのでしょうか? 何故急に現れたのでしょうか? どうしてあんなに強いのでしょうか?……どうして……あんな……優しい目をしてるのでしょうか?」
堰を切ったみたいに質問するビアンカに、ガリレウスは優しく微笑んだ。
「一番聞きたい質問は、最後のじゃな?」
「えっ……はい」
図星はビアンカにとって、不快ではなかった。
「魔法使いは世が変わる時に現れる……と言う、言い伝えがある。世が乱れ民が苦しむ時、現れた魔法使いが民を導き、世の悪を退治し、世を救う」
「今の世が、乱れているんでしょうか?」
「国王陛下は病弱じゃ。姫殿下は、まだお小さい。隣国はこの国を狙い、この国もまた、隣国を狙っておる」
近衛騎士団には少し遠い話だが、確かに隣国との小競り合いは増えていた。ビアンカは、背筋に冷たいものを感じた。
「本物かどうかは正直分らん。ただ、ビアンカの心を解き解した魔法使い殿は、ビアンカにとっては本物なのかもしれんな」
ガリレウスの優しい笑顔と言葉は、そっと俯いたビアンカを包み込んだ。そして、その様子を見たガリレウスは続けた。
「甲冑を身に着け戦うビカンカと、素直で優しく、ちょっとオッチョコチョイのビアンカ、どちらが本当のビアンアかのぅ」
ガリレウスの笑顔に、少し肌蹴たネグリジェ姿のビアンカは赤面した。父親が亡くなって以来、母と家を守る為に前だけを見詰め、今まで来た。
張り詰めた使命感と逃れられない命題は、ビアンカの精神思考を圧迫し、余裕を削り穏やかなココロを片隅に追いやっていた。
”解き解す”と言うガリレウスの言葉が、ビアンカの中に芽生えて行く不確かな感情をゆっくりと後押しした。
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「何処行ってたのよっ!」
家に着くなり、メグが十四郎に泣きながら飛び付いた。
「申し訳ない、お城に謝りに行ってきました」
微笑む十四郎がメグを優しく撫ぜた。
「まさか……御無事で」
ケイトも目を潤ませる。
「心配をお掛けしましたが、もう大丈夫です。騎士団長殿は、許して下さいました。」
「そうですか……よかった……でも、そんな無茶はもうやめて下さい。私達の為に十四郎さんが……」
ケイトは全て分かっている様だった。その涙は自分達ではなく十四郎を気遣っている事が身に染みて分かった十四郎だった。
「もう、嫌だよ……絶対に居なくならないでよ十四郎……」
十四郎の着物を握りしめ、肩を震わせ泣くメグを強く抱きしめた十四郎だった。アミラはその様子を少し俯き、黙って見詰めていた。
夜更け、またアミラの声がした。
「直ぐに出て行くと思ったんだがな?」
「そのつもりでした」
「まだ完全に危険が去った訳じゃない、もう暫く居た方がいい」
アミラの嘘は、十四郎にとって嬉しい嘘だった。
「ありがとう……ございます……そうさせて頂きます」
十四郎の言葉にアミラは自分の嘘が見透かされている事に気付き、尻尾をピンと立てるが静かに呟く。
「人を助ける為の行為は立派だが、方法が自分勝手だ……二人を見て気付いただろ。もう、アンタの命はアンタだけのモノじゃない。代償はいつも、残る者が払うんだ」
アミラの言葉が胸に刺さる、十四郎は言葉の意味を噛み締めた。胸の痛み、そんなものが十四郎を襲う、忘れていた何かを呼び起こす様に。