推参
鍔迫り合いで感じるのは、軒猿の力の強さだった。上背も体重もツヴァイが一回りは大きいはずだが、まるで大男と対峙している感覚だった。
だが、一瞬アウレーリアに視線を移した瞬間、ツヴァイの視界から軒猿が消えた。直ぐに周囲を見渡すが、軒猿の姿は無かった……だが、ツヴァイが剣を下した瞬間! 視界に軒猿が現れ、例の短剣が有り得ない方から飛んで来た。
何とか数本は剣で受け流すが、腕や足を掠りツヴァイは顔を歪めた。
「一度見た技だ……」
自分を鼓舞する様にツヴァイは呟くが、波状で迫る短剣は少しづつツヴァイの体力を削った。
「立て! どうしたっ!」
バビエカはアウレーリアの腕を噛んで立ち上がらせようとするが、アウレーリアは俯いたまま、動こうとしなかった。
「やられる! あいつじゃ歯が立たない!」
バビエカは苦戦するツヴァイの背中に叫ぶが、アウレーリアに反応はなかった。
「くっ……」
軒猿の繰り出す短剣は、ツヴァイを弄ぶ様に次第に速度を増す。致命傷にならないのは、聖剣の加護だと分かっているが、ツヴァイは唇を噛み締めた。
「お前は託されただろ! 魔法使いに何て言い訳するっ!」
重なるバビエカの叫びに一瞬アウレーリアが反応するが、その瞬間! 軒猿の放った短剣がツヴァイの右腕を霞め血飛沫が飛び散った! その衝撃で聖剣が地面に落ちた。
拾うか、飛び退くか……刹那の瞬間! ツヴァイは飛び退く! しかし、距離を取ったツヴァイは丸腰になった。
「……さて」
一瞬間を置いて、軒猿が口元を緩めた。そして、次の瞬間! 四方から短剣がツヴァイを襲った。
致命傷は避ける! ツヴァイは顔の前で腕を十字に組んだ! 肘で心臓を守り、組んだ十字部分で喉を守る! その瞬間! 白い影がツヴァイの前を過った!。
「……十四郎様……」
呟いたツヴァイは、全身の力が抜けた。そして、十四郎は背中で優しく言った。
「アウレーリア殿を連れて、下がって下さい」
「鬼切り十四郎……会いたかった……」
軒猿は顔を綻ばせた。
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マインシュタインを初め、聖騎士団は動く事はおろか言葉さえ発せなかった。まるで瞬間移動の様に現れた十四郎の姿は、純白のアルフィンの姿とも重なり、神々しさと強大な畏怖を織り交ぜ、その場の全員の網膜に焼き付いたのだった。
十四郎は左足を少し引くと、やや姿勢を低くした。そのまま左手で鯉口を斬り、右手を柄にそっと添えた。
「近くで見ると、隙は無いな……」
軒猿が言葉を発した瞬間! 真っ二つになった短剣が三つ地面に落ちた。
「……名のある刀匠が鍛えしクナイ……斬れるモノではないのだがな……」
穏やかな言葉とは裏腹に軒猿は表情を硬くすると、ゆっくりと腰から二本の刀を抜いた。
「見ろ! 魔法使いが来たぞ!」
後方でツヴァイに支えられるアウレーリアにバビエカが言うが、アウレーリアは十四郎を見ようとしなかった。
十四郎と軒猿は、ある程度の距離を保ったまま対峙する。しかし、双方共にゆっくりと円を描く様に動いていた。
先に動いたのは十四郎だった。抜刀は風切り音が後から来る程凄まじく、刀身は周囲の者達からは見えなかったが、切先には軒猿の姿はなかった。軒猿はかなり後方に跳んでおり、両手に構えた刀を見ていた。
「掠ってないのだがな……」
二振りの刀は、鋭利な何かに斬られた様な切り込みがあった。
「十四郎様……」
ツヴァイは呟く。明らかに十四郎の様子がおかしかったからだった。表現するなら”怒っている”で、自分と負傷しているアウレーリアの為だと拳を握りしめた。
そんなツヴァイを純白の影が救った。
「待たせました」
シルフィーから飛び降りたビアンカは、横目でアウレーリアを見た。だが、アウレーリアは俯いたままで、目を合わせなかった。
ビアンカは揚羽を構えると、十四郎の方と聖騎士団を交互に見た。
「あの騎士団を牽制します」
そう言うと、ゆっくり騎士団の方に向かった。
「大丈夫かっ!」
「ツヴァイ!」
マアヤから飛び降りたココが駆け寄ってツヴァイを後ろから支え、ノィンツェーンも声を上げ、心配そうな顔で寄り添った。
「来なくても大丈夫だったのに……」
「そうだな、大丈夫そうだ」
少し笑ったツヴァイに、ココは頷きながらリルに目配せした。リルは素早くツヴァイを手当すると、アウレーリアを見て驚いた。
「お前でも、血が出るんだな……」
そう言うとリルは、アウレーリアを手当した。
「ビアンカ様を頼む……」
「分かった」
ノィンツェーンを見たツヴァイに、ノィンツェーンは小さく頷いた。
「まさかな……」
唖然と呟くマアヤだったが、やって来たローボの方を見た。
「……アイツの仕業か?」
「ああ、そうだ」
ローボは軒猿を見据えた。
「近衛騎士団のビアンカ……銀の双弓……魔物や神獣まで……」
呟いたマインシュタインの瞳孔は、大きく開いた。




