アルマンニ聖騎士団
スワレスが戻ると、その光景に唖然とした。兵士達が立ち竦む周囲には、噛み砕かれた弓や槍が散乱しており、剣は辺りには見当たらなかった。
「徹底してる……剣や槍の穂先など、鋭利な刃物は持ち去られた……隠し持っていたナイフまでも……弓は噛み砕かれた……だが、軽症者は出たが、重傷者や死人は皆無だ……」
立ち竦んだまま、エンディコは呆然と呟いた。
「私も狼に襲われ、剣を失いました」
拳を握りしめ、スワレスは声を震わせた。
「何が騎士だ……丸腰なら……戦う術はない……」
同じく拳を握りしめたエンディコは、全身を振るえさせた。
「食料と水を奪われ……武器までも奪われては……我々に出来る事はありません」
スワレスは声を低くした。
「この場に居ても戦えない……援軍も来ない……それどころか、後は飢えるだけ……か」
「撤退して、態勢を立て直し……」
声を落とすエンディコに、スワレスは背筋を伸ばして言うが途中で遮られた。
「また、あの狼共が襲って来るぞ……結果は同じだ……」
「……」
エンディコの押し殺した言葉に、スワレスは何も言い返せなかった。
「さて、認めるとするか」
「はい……」
兵士たちに向き直ったエンディコに、スワレスは一礼した。
「撤退だ!」
エンディコの号令で、兵士たちは肩を落としながら帰途に付いた。その脳裏に、抗えない絶望の壁と自分達の弱さを滲ませながら。
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マジノ遺跡を丘の上に男は立っていた。漆黒のマントにフードを被り、鎧の上からでも分かる筋肉は躍動していた。そして、副官らしき騎士が同じく漆黒のマントまといフードで顔を隠したまま報告した。
「働く者の多くは民間人です。地上で働く者は数十名、地下は不明です。騎士は十数名、剣闘士も多数居ますが、民間人と共に作業してます……守りの主力は外壁の外を巡回している十数体の人形です」
「人形?」
報告を受けた男は漆黒のマントを翻した。漆黒の鎧の胸には、アルマンニ聖騎士団総長の紋章が鈍く光を放っていた。
男の名はマインシュタイン。黄金騎士や青銅騎士達が世に出る前の、正当なアルマンニ聖騎士団総長だった。
「全身の鎧、背丈は人の倍、巨大な盾とロングソードで武装しています」
「動きは?」
追加の報告に、マインシュタインはフードの下の顔を歪めた。
「歩く姿は人とは変わりませんが、剣の動きは予想しかねます」
マインシュタインの脳裏で大賢者と謳われる伝説の錬金術師の事が浮かび、思わず呪文の様に呟いた。
「獣神に魔物、青銅騎士に銀の双弓、近衛師団の女騎士……神であるライエカさえ味方だと報告がある……今度は大賢者までもか……築城の陣頭指揮を執っているのはイタストロアの知将ロメオ……」
「更にアングリアンの精鋭騎士団、イタストロアの剣闘士、有名な盗賊団……数を抜きにしても戦力は侮れません……それに……」
副官は、少し声を落とした。
「……アウレーリア……」
呟くマインシュタインの視線の先で、逆さ十字の紋章が陽炎の様に揺れた。
「魔法使いとは何者なのでしょう?」
「強さはアウレーリアにも匹敵し、これだけの軍勢を率いる魔法使い……何者なのだろうな」
副官の言葉に合わせ、マインシュタインは被せる様に呟いた。その直後、別の男から報告が入った。
「巨大な馬に乗った二名が接近中です」
「何者だ?」
マインシュタインの背筋に冷たいモノが流れた。
「背後は青銅騎士ツヴァイ。手綱を握るのは……アウレーリア……真っすぐ此方に向かって来ます」
「此方の場所が分かるのか?」
更なる詳細を聞き、副官が青褪める。瞬間、マインシュタインの脳裏に”即時撤退”と言う文字が過るが、胸元の伝統のアルマンニ聖騎士団総長の紋章を見ると、体中に熱いモノが駆け巡った。
「集結せよ」
「はっ」
短くマインシュタインは言った。その声には威厳が溢れ、副官は直ぐに部下達に指令を出した。
マインシュタインの中に激しく燃え滾る闘気。それは聖騎士団を蔑ろにした国への不満。そして、認めたくはないが根源である黄金騎士を筆頭にした新参騎士団への……怒りと嫉みだった。
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「どうした?」
急にスピードを上げたバビエカの様子に、ツヴァイはアウレーリアに声を掛けた。
「居る……」
「敵が居るのか?」
アウレーリアは短く答え、ツヴァイは聞き返した。
「十四郎に害をなす……敵」
背中越しに小さく呟くと、アウレーリアはバビエカの横腹を蹴る。その瞬間、ツヴァイの視界は大空を舞った。
「何っ!!」
そして、今度は地面が迫る。思わずアウレーリアの細い腰にしがみ付くと、暖かな体温と柔らかな感触が、鎧を通してでもツヴァイの全身に電撃の様な衝撃を与えた。
着地の衝撃もバビエカの類稀な足腰が吸収して、ツヴァイは”舞い降りた”と言う感覚だった。だが、コンマ数秒後、ツヴァイは現実に引き戻された。
目前には数十の黒いマントをまとった集団が居た。そして、その中心に居た音の胸にはアルマンニ聖騎士団の紋章があった。
「あれはアルマンニ聖騎士団だ」
「降りて」
ツヴァイは声を押し殺すが、アウレーリアは小さく一言だけ言った。直ぐに”この場を離れろ!”と言いたかったが、声が出なかった。
アウレーリアは全身から陽炎な様な青白い何かを燻らせ、ほんの一瞬前に感じた”人”の感触はツヴァイの記憶から消え去っていた。そして、考える前にバビエカを降りたツヴァイだった。
「我はアルマンニ聖騎士団総長マインシュタイン……」
マインシュタインは大声で名乗るが、アウレーリアは馬上から氷の様な眼光で集団を見据えた。
「アウレーリア、戦闘は避ける。十四郎様との約束だ、私に従え」
ツヴァイは手綱の位置でアウレーリアに言った。
「……」
肩越しにツヴァイに目を移したアウレーリアは、素直にバビエカから降りた。そして、その美しい瞳からは氷の眼光は消え去っていた。
「偵察する者同士、鉢合っては最後です。互いに引きましょう」
ツヴァイは凛とした声で言うが、マインシュタインは鋭い眼光を向けた。
「確か、青銅騎士ツヴァイ。そして、黄金騎士アウレーリア……何故祖国を裏切った?」
「青銅騎士として魔法使い十四郎様と戦い、青銅騎士の私は死んだ。そして一人の”人”として十四郎様に従うと誓ったまで」
「戦いに敗れ、生き永らえて敵に下る……それでも栄光あるアルマンニの騎士か?!」
勝ち誇った様にマインシュタインは吐き捨てるが、ツヴァイは笑みを浮かべて言った。
「確かに騎士とは戦いに殉ぜるモノと、思ってました……ですが、アルマンニの騎士である前に、私は一人の人間です……その弱さも十四郎様は受け止めて下さいました」
「戯言を……それでは、アウレーリア。お前も戦いに敗れ、魔法使いに下ったのか?」
「……私は……十四郎が……」
俯き頬を染めるアウレーリアに、マインシュタインは唖然とした。完全に予想を覆す自体に、マインシュタインの思考は激しく混乱した。
だが、アウレーリアの胸元に輝く逆さ十字の紋章が、マインシュタインの身体の内外から猛烈な圧力を掛け続けるのだった。




