説得
一日以上走り続け、旅商人と出会った。スワレスは近くの水場を聞き出すと、全軍をその場所で待機をエンディコに進言をした。
「そうだな、兵も私も限界だ」
エンディコは直ぐに許可した。地図を取り出し、拠点の位置を確認したスワレスは次の提案を述べる。
「直近の拠点は馬で半日ですが、兵力は千程です。その先は更に一日、そこは五千程の兵力が駐屯してます。そこで、先に千の兵力を食料と水を持参させ、こちらに向かわせ、私は直ぐに次に向かいます……一日でこちらの補給、そして更に二日で全兵力、六千五百が揃います」
「三日か……そして、この場所から進軍すれば、半日で即応出来るな」
「ミランダ砦の先にある遺跡……そこに敵兵力が集結しようとしているのは間違いありません。命令は監視ですが、敵兵力増強を黙って見過ごすのは遺恨を残します」
腕組みするエンディコに、強い視線でスワレスは具申した。
「……半分でも削れば、後が楽だな」
腕組みしたまま、エンディコは口元を緩めた。
「では……」
スワレスは馬に跨ると、鞭を入れた。見送るエンディコは、全軍に指示を出した。
「水場に移動だ。直ぐに食量も届く! 食ったら英気を養え! 」
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暫く走るとスワレスの視界に影が映る。近づくとその輪郭は、獣の姿を結んだ。
「さっきの狼か……」
呟いたスワレスは馬の速度を落とすと素早く周囲を探るが、見覚えのある一頭の狼だけだった。だが、その狼の醸し出す雰囲気は魔物のソレだった。
「何か用か?」
ある程度近付くとスワレスは馬を止め、押し殺した声で言った。獣に言葉が通じるとは思わなかったが、不思議と声に出た。
「引き返せ……仲間を連れて、もと居た場所に帰れ」
ルーは口元の牙を光らせ、低い声で言った。何故か驚きは無く、スワレスは直ぐに返答した。
「我が軍に逃げ帰れだと?」
怒気を込め、スワレスはルーを睨んだ。
「お前が指揮出来る立場なら、仲間の命を救える……」
「騎士に命を惜しめと言うのか!」
ルーの言葉を遮りスワレスが怒鳴るが、ルーは少し溜息をついた。
「……普通はそうだな」
ルーの言葉はスワレスを困惑させ、自然と疑問が口に出た。
「どう言う意味だ?」
「言葉通りだ……」
溜息交じりのルーは、遠くを見つめながら呟いた。
「戦いとは……敵の命を奪ってこそ、勝利だと思わないか?」
「当たり前だ。それが戦いだ」
スワレスは即答した。
「だが、十四郎は違うのだ……例えどんな戦いでも、敵も味方も等しく命を尊ぶ……」
「十四郎?」
少し呆れた様なルーの言葉に、スワレスは首を傾げた。
「お前達が魔法使いと呼ぶ奴だ」
「モネコストロ魔法使いか?」
「そうだ……」
頷くルーに、スワレスは言葉を投げる。
「その様子だと、お前は完全に魔法使いに同調する訳ではないのだな」
「どうしてそう思う?」
ルーは斜めにスワレスを見た。
「お前は魔法使いに従う事を迷ってる……」
「よく分かったな……だが、過去形だ。今は悪くはないと思っている……」
ルーは口角を上げ、スワレスに視線を強めながら静かに言った。
「さて、話は終わりだ……もう一度言う、引き返せ」
「こちらも答えは同じだ!」
叫んだスワレスは馬の腹を蹴って剣を抜くが、馬は動かない。だが、咄嗟に飛び降りるとルーに大上段から斬りかかった。
だが、ルーはその剣を鋭い牙で受け止める。そして、微動だにしない剣を噛み砕いた。
「……」
瞬時に後方に距離を取り、半分になった剣を構えたままスワレスは言葉を失った。
「人は弱いモノだ……剣や槍のような武器がなければ戦えない。今頃、お前の仲間も全ての武器を失っている」
ルーは更に牙を光らせ、押し殺した声で言った。そして、遠吠えを上げると動かなかった馬が、スワレスの元に来た。
「自分の目で確かめろ」
ルーはそう言い残すと、その場を後にした。残されたスワレスは暫く呆然とするが、気を取り直すと自軍の方へと走り出した。
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大鷲がローボの傍に舞い降りた。暫しの耳打ちの後、ローボが十四郎の背中に言った。
「砦に敵が迫ってる……少人数だが、手練れだ」
「襲うつもりでしょうか?」
振り向いた十四郎の顔には血の気が無く、言葉とは裏腹に力が無かった。
「偵察の様だが、どうする?」
「……そうですね……」
曖昧な返事の十四郎に、ローボは溜息をついた。そいて、ツヴァイの方に行くと小声で言った。
「砦に敵の斥候だ。十四郎はまだ動けない、お前が見て来い」
「分かりました」
ツヴァイは十四郎の背中を見て、直ぐに頷いた。
「一応、あの女も連れて行け」
「えっ、アウレーリアですか?」
ツヴァイはローボが指すアウレーリアを見て、顔を青褪めさせた。
「ああ。敵は手強い様だからな」
「しかし、アウレーリアが言う事を聞くがどうか……」
情けない顔をするツヴァイを他所に、ローボは少し離れたアウレーリアの元に行った。すると直ぐにアウレーリアはツヴァイの元にやって来た。
「あなたの指示に従います」
小さな声でアウレーリアは言うが、ツヴァイはローボに懇願する様に言った。
「ローボ。アウレーリアに何と言ったんですか?」
「十四郎の為だと言っただけだ」
ローボがフンと鼻を鳴らすと、バビエカがやって来てアウレーリアは素早く跨った。
「私は?」
「後ろに」
唖然と呟くツヴァイに、アウレーリアは小さく言った。仕方なく後ろに乗ると、甘い香りがツヴァイの鼻孔をくすぐった。思わず顔を赤らめるが、ローボは凛とした声で言った。
「目的は偵察だ。戦闘は可能な限り避けろ、大鷲に見張らせる。状況次第で、我々も直ぐにあとを追う」
「しかし、何度も言いますが、アウレーリアが私の言う事を聞いてくれるかどうか……」
「大丈夫だ……多分」
眼を逸らしたローボが呟くと、バビエカは疾風の如く走り出した。




