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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第一章 黎明
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聖域の森 3

 ココは十四郎が走り去った方向を見詰めていた。思い浮かぶのは、幼い頃のリルの姿だった。草原を走るリル、パンを頬張るリル、花を摘むリル……そこには笑顔のリルがいた。


『お兄ちゃん……』


 声が聞こえた、笑いながらの声が聞こえた。ココは同時に走り出す。全身に鳥肌が立ち、駆ける脚が燃える様に熱かった。


 直ぐに視界にリルが飛び込む。立ち尽くすリルを見て、急上昇した脈は一瞬落ち着きを取り戻すが、周囲を囲む狼は瞬時に心臓を鷲掴みにした。


 ココは弓を構え突進する。近付くと囲まれてるのはリルではなく十四郎とアルフィンだと分かった。素早くリルの元に行き、腕からの血を止血する。

 

 手当している間もリルは表情を変えず、十四郎の背中を見ていた。


「ここで待ってろ」

 

 言い残すとココは十四郎に近付こうとするが、振り返った十四郎は静かに言った。


「そこにいて下さい」


「しかし……」


 狼の恐ろしさは狩人であるココには身に染みて分かったいた。特に統制がとれ、群れのリーダーが存在を示す集団は最悪の相手になる。一目で灰色の狼の威圧感を認識したココは、弓を構えて狙いを定める。


「大丈夫です、リル殿の傍にいて下さい」


 喋りながらも十四郎は狼から目線を外さない。何が大丈夫なのか意味が分からない、狼達は万全の態勢で囲んでいるのだ。


「狼は牙で獲物を狩るんじゃない! 狼の武器は脚だ! 速い訳じゃない、疲れないんだ!」


 ココは叫んだ、振り向いた十四郎がポカンとココを見る。


「目を離すな! 来るぞ!」


 再度ココが叫んだ瞬間、十四郎の右後方の死角から一頭の狼が襲い掛かった。ココが矢を放とうとした刹那、十四郎は振り向かないまま鞘で狼の頭を打った。


 一瞬声を上げた狼は直ぐに包囲の外に出る、十四郎は平然とした顔でココに聞いた。


「相手が疲れるまで囲み、一気に攻めてくるんですか?」


「そうだ! 奴らは何時間でも待つ! 決して見逃したりしない!」


「そうなんですね」


 ココの叫びにも、他人事みたいな十四郎だった。


_____________________________



「もう一度お願いします、なんとか見逃してもらえませんか?」


 十四郎は穏やかな声で銀色の狼に言った。


「くどい」


 銀色の狼は十四郎を鋭い眼光で見据えた。


「仕方ありませんね」


 呟きながら、ゆっくりと刀を抜く十四郎は、またココに振り向いたが今度は凛とした声で、目をしっかり見て言った。


「手出しは無用です」


 流石のココもその威圧感に弓を下す。そしてリルの傍で息を飲み、十四郎の背中を見た。刀を右下段に構え、ゆっくりと右足を引く十四郎。その構えに狼達が後退る、傾きかけた太陽が鈍く光る刀に反射した。


 狼達は一度は引くが、灰色の狼がアイコンタクトを送るとジワジワと前に出る。十四郎は呼吸を整え精神を集中し、先制攻撃を仕掛けようとした瞬間、物凄い殺気が背中を襲う。


 下段に構えた刀を正眼に戻すと、素早く左足を下げ振り返った。


 そこには銀色に輝く狼がいた。灰色の狼より更に倍はありそうな巨体、血のように赤い目、その威厳と威圧感は半端ではなかった。


「双方、待て」


 その声は外見と比例し、低く重い声だった。


「……神獣だ……」


 ココは震えながら呟いた。流石の十四郎も、その姿に息を飲んだ。アルフィンもまた言葉を失い、小刻みに震える体を制御出来なかった。


「我が名はローボ。人よ、剣を収めよ」


「待って下さい、父上!」


 灰色の狼は銀の狼を父と呼んだ。


「分からぬか、ルーよ。お前達が相手にしているのは、唯の人ではない」


 ローボの諭す様な言葉は、重くて威厳があった。耳を垂れたルーは小さく頷き、他の狼も同様に引き下がった。刀を収めた十四郎は改めて森に来た訳を説明したが、ローボは鋭い視線のまま十四郎を睨み続けた。


 ココは直接目が合った訳ではないが、その赤い目はココロの内側まで見透かし、思考や心理まで丸裸にされた様な感覚に包まれた。


「話は分かった。だが、これ以上森への立ち入りは許さない。その者達は残し、早々に立ち去るがよい」


 ローボは立ち去る事を促し、まだ横たわる盗賊達は置いて行けと言った。


「この者達はどうするんですか?」


 十四郎は盗賊達でさえ心配した。


「お前達には関係ない」


 重く鋭い声をローボは十四郎に向けた。


「どうされるかお聞きしたい」


 怯むことのない十四郎に、ココの背中は凍り付いた。若干の溜息を付き、ローボは重い口を開いた。


「我々は、その者達に用があるのだ。私の大切な者の居場所を知っている」


「ならば私がその場所を聞き出しますので、彼らを解放しては頂けないでしょうか?」


 ローボは少し考えると頷くが、斜め下から十四郎を見上げる。


「この者達が嘘を言ったらどうする?」


「私が、教えられた場所までお供します。もし嘘なら、私を裁いて頂いて結構です」


 平然と言う十四郎は、偽りの無い目をローボに向けた。


「何を言ってるんですか! 盗賊など信じられる訳はない!」


 血相を変えたココが、十四郎に詰め寄った。思わずアルフィンも声を上げる。


「十四郎! 気は確かですか!」


「ご心配なく」


 振り向いた十四郎は、ココとアルフィンに微笑み掛けた。


「分かった、やってみろ……その前に、お前の真実を見てみたい」


 笑った様に見えたローボが、木々の奥に視線を向けた。その時、木々が薙ぎ倒される轟音と、獣の雄叫びが周囲に響き渡った。



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