修練
バラッカは全身の傷が治ると同時に、雄叫びを上げながらアウレーリアに背後から襲い掛かった。両腕の爪は鋭い短剣様に伸びて、鈍く光るその輝きは猛烈な切れ味を裏付けていた。
一応、剣は抜いているがアウレーリアは、だらりと下げてまま十四郎だけを見ていた。だが、バラッカの爪が触れる瞬間、後ろ向きのまま背中に向けた剣で受け止めた。
鋭い金属音がした瞬間! 後ろ蹴りでバラッカを後方に吹き飛ばした。そして、ゆっくりと振り向くと、氷の様な碧い瞳が光を乱反射した。
「静かにして下さい」
その蕾の様な口元が微かに動くと、消えそうだが透き通る声で言った。だが、起き上がったバラッカには、その穏やかな声は抗えない戦いの女神の囁きに聞こえた。
瞬間怯んだバラッカだったが、今度は無言で突っ込んだ。アウレーリアはまだ、背中を向けたままだが、またバラッカの爪が届く瞬間! 強烈な後ろ回し蹴りを見舞った。
物凄い勢いで吹き飛ぶバラッカ。その風圧は凄まじくツヴァイ達の所まで届き、微かなバラッカの血の匂いが混ざっていた。
「何だ、圧倒的じゃないか……」
唖然と呟くココだったが、背中は汗でベトベトだった。
「ああ、忘れていた……あれは、アウレーリアなんだ」
鈍く光を反射する逆さ十字の紋章、ツヴァイの言葉が全てを物語っていた。やっと起き上がったノィンツェーンは、混乱する頭の中でも震えを伴い全てがはっきり分かった。
十四郎がノヴォトニーと対峙し、ビアンカがエリーゼと向き合う……そして、アウレーリアが……。
逆さ十字の紋章が現すモノ……それは”破壊と死”。
「十四郎様が負けたら……」
「そんな事は有り得ない」
震えながら呟くノィンツェーンだったが、速攻でリルが否定した。
「リルの言う通り、万が一にも有り得ないが……万が一の時は、敵味方全てが滅ぼされるだろう……」
ツヴァイの言葉は、その場を凍らせた。
「万が一だと? 十四郎も甘く見られたもんだな」
ローボは吐き捨てるように言った。直ぐに我に返ったツヴァイは、深々と頭を下げた。
「失言でした……この世で一番信じる人を……疑ってしまいました」
ツヴァイの言葉は全員の言葉だった。溜息をついたローボは、立ち上がってアウレーリアの方に視線を向けた。
「確かに、あの女は尋常じゃない。ワタシでさえ、本気で戦えばどうなるか……」
ローボは、それ以上は言わなかった。
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ビアンカが構える揚羽は、エリーゼの感覚を狂わせる。自分も両腕剣だが、ビアンカの揚羽も刀身と石突が同時に飛んで来る様な神速の捌きで、防戦一方に追いやられた。
嚙み締めた唇から血が滲むが、怒りだけがエリーゼを突き動かした。
狂った様にビアンカに襲い掛かるが、全ての攻撃は揚羽のしなやかな動きに跳ね返された。
「……綺麗……」
思わずノィンツェーンが呟く。ビアンカの動きは優雅で、更に動くたびに輝く絹の様な金髪が揺れて、黄金比のスタイルが視覚を支配する。そして、揺れる空気には甘い香りさえ漂っていた。
「ビアンカ様も圧倒している……」
ココはビアンカの強さに驚く。
「当たり前だ、ビアンカが魔物如きに後れを取るはずがない」
リルも自分の事のように言った。
「確かに強くなった……少し前までの体力に関する弱みさえ、ビアンカ様は克服したのか……」
唖然と呟くツヴァイだったが、心の奥に不安は存在した。
「あの武器がそうさせてるのか……」
独り言の様にローボは言うが、視線を十四郎に向けた。
「ローボ……十四郎様は苦戦しているんでしょうか?」
ローボの視線に気付いたツヴァイは、アウレーリアやビアンカとは少し違う十四郎の戦いを心配した。
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ノヴォトニーの繰り出す超速な四本の腕剣、十四郎も見えない程の速さで刀を振るう。一見、受けるのが精一杯にも見えるが、十四郎の表情は穏やかだった。
「あの受け方、どう見える?」
「見えるって、速すぎて見える訳ないだろ」
ローボの問いに、ココは苦笑いした。
「足元……」
リルは十四郎の足元に、違和感を感じた。十四郎の足元は、やや膝を折り右足を前に、左足を軸として前後左右に超速で動いていた。
刀のを振る上半身の動きに比べれば、速度は落ちるものの規則正しく見えるその動きは確かに全身のバランスを取っている様に感じられた。
「何だよ、足元って? でも、砂塵が嵐みたいに前後左右に揺れてる!」
リルに言われ、ノィンツェーンが改めて視線を向けると異常な状態に気付いた。
「受けならも踏み込み、相手の力を相殺している……それに……」
ツヴァイは更なる違和感に気付いた。
「そうだ、十四郎の手元だ」
「足元も速いが、手元なんて見えるはずは……えっ?」
ココは言われて気付く、十四郎の指の動きに。
「十四郎の剣は、柄の部分が楕円だ。真っすぐ構えるのに、人の手が一番掴みやすい形状だ……だが、十四郎は剣を握る指の力加減で瞬時に剣の向きを変えている」
ローボの解説は的確だっが、ツヴァイは違う意味で背筋を冷たくさせた。
「剣を振るいながら、瞬時に剣の角度を変えて……下半身の動きと共に、更に相手の力を相殺……まさに、神の御業だ……」
「神だと?……あいつは前に言ったぞ。修練の賜物だと」
「修練か……」
ツヴァイは呟く。アウレーリアやビアンカの”神懸かり”な強さとは違う、十四郎の強さ……それは、自分達でも届くかもしれないと予感させる、本当の強さだった。
「全く、どんな修練すれば、あんな化け物じみた技を体得出来るんだ?」
呆れた様にココは言うが、リルは目を輝かせた。
「最初から出来ないと思えば、永遠に無理だ」
「そうだな……出来ると思わないと、スタート地点にさえ立てない」
ノィンツェーンも自分に言い聞かせる様に呟いた。
「十四郎様が魔法使いと呼ばれる所以だな」
絶望や困難を前に、ノィンツェーン達が勇気とやる気を出した事に、ツヴァイは今更ながら心が軽くなった。
「何だ? 俺だけか? 俺だって」
慌てるココに、ツヴァイは背中を叩いた。
「頼むぞ、お前なら出来る」
「おっ、おう」
少し照れるココの視線の先には、十四郎の背中があった。




