白と黒
ビアンカとシルフィーを追い越し、風より速く白い影が迫った。
「アルフィン殿っ!!」
十四郎が叫ぶ! ノヴォトニーの腕剣が四方からアルフィンに目掛けて振り下ろされる。その速度は尋常ではなく、ツヴァイ達には残像しか見えなかった。
物凄い風圧は周囲を搔き乱すが、アルフィンの姿はノヴォトニーを越えて遥か遠くにあった。
「何だ?……アルフィンが瞬間移動したのか?」
「私には見えなかった……」
ココとツヴァイは唖然と呟くが、マアヤは呆れた様に言った。
「天馬とは、よく言ったものだ……魔法使いの声と同時に、魔物の剣を寸前で躱しやがった……アタシでさえ、避けられなかったのに」
「アルフィン殿! ツヴァイ殿達の傍へ!」
「分かった!」
十四郎の声に、アルフィンはツヴァイ達の方に踵を返す。だが、またノヴォトニーの至近を通ろうとした。
「あいつ!!」
マアヤが叫び、怒りに満ちたノヴォトニーは今度こその渾身の腕剣を振るうが、腕剣が振り下ろされた瞬間! アルフィンは大空に跳んだ!。
その高さは尋常ではなく、ノヴォトニーも跳ぼうとした瞬間! 十四郎の斜め斬りが炸裂する。二本の腕剣で受けると同時に、残る二本で超速の突きを繰り出すが、十四郎は瞬間に刀を返して横薙ぎで打ち払った。
間髪入れない次の攻撃はノヴォトニーで、四本の腕剣で四方向から斬りかかる。だが、十四郎は円を描く様な太刀筋で全てを受け流し、そのまま刀を肩に担ぐ! ノヴォトニーは間合いの感覚が麻痺するが、勘で嫌な気配を察すると物凄い速度で距離を取った。
丁度その時、ビアンカが到着した。素早く、シルフィーを降りると泣きそうな顔で十四郎の顔を見詰めた。
「十四郎、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「シルフィー、アルフィンと一緒に……」
ビアンカが言いかけた時、エリーゼが両腕剣を振りかざして突進して来た。
「待ってたぞ!!」
叫ぶと同時に最上段からの一撃! ビアンカは揚羽で受け止めた。
「何だ? ハルバートの一種か?」
エリーゼはビアンカの持つ薙刀を、怪しい笑みで見た。
「ナギナタだ……」
ビアンカはエリーゼを睨み、低い声で言った。ノヴォトニーは、薄笑みを浮かべるエリーゼを強い視線で見た。
「分かってるだうな」
「ああ、魔法使いには手を出さない。用があるのは、この女騎士だ」
エリーゼは、両腕の剣をを重ねると、火花を散らした。ビアンカは揚羽を八双に構えると、十四郎に言った。
「こちらは大丈夫、十四郎はそいつに集中して」
「はい」
十四郎もノヴォトニーに向け、霞の構えを取った。
_________
十四郎とノヴォトニー、ビアンカとエリーゼが対峙して空気が張り詰める。我慢ならないのはバラッカだっが、場を緊迫させる圧倒的な威圧感が近付いた。
バラッカは、唸り声を上げると遥か彼方を睨んだ。そこには小さな点があり、やがて視界を結んだ。
「十四郎……」
バイエカから降りたアウレーリアは、十四郎だけを見詰めた。輝く銀色の髪が風を纏い、鎧の胸に鈍く光る逆さ十字の紋章は、ノヴォトニーとエリーゼを無言で威嚇した。
「来たか、アウレーリア」
ノヴォトニーが笑い掛けるが、アウレーリアは視線さえ向けなかった。
「アウレーリアはバラッカに……」
エリーゼの言葉が終わらないうちに、バラッカがアウレーリアに襲い掛かった。その形相は凄まじく、全身の盛り上がった筋肉は人であった事さえ曖昧にしていた。だが、既に人の言葉は失われているが、アウレーリアに対する屈辱と憎しみだけは強く存在していた。
「……」
迫るバラッカをアウレーリアは、氷の様な深い碧の瞳で一瞬だけ見た。そして、視線はまた十四郎に向けられた。
「ガウァツ!!」
雄叫びを上げバラッカは襲い掛かるが、アウレーリアは剣さえ抜かなかった。
「アウレーリア殿!」
十四郎が叫ぶと同時にアウレーリアが、見えない速さで抜剣! バラッカは後方に吹き飛んだ。
だが、直ぐに起き上がったバラッカは、全身から吹き出す血飛沫を瞬間に止血した。そして、天に向かい雄叫びを上げた。その声は自信に満ち、周囲に響き渡った。
「何だ? どうした?」
「アウレーリアの一撃でも倒せないのか……」
ココは状況が分からずに、ツヴァイはアウレーリアでさえ倒せない黄金騎士の姿に驚愕した。
「人なら即死だがな……」
呆れた様にマアヤは呟いた。
「奴らに弱点はあるのか?」
ツヴァイはマアヤに聞くが、マアヤは首を振る。
「魔物のアタシに聞くかぁ?……まあ、いい。同じ魔族でも弱点は色々だ、首を刎ねたり心臓を刺したり……種類によるな」
「つまり?」
ココは身を乗り出すが、マアヤは平然と言った。
「わからんって事だ。魔族は瞬時に傷を癒せる……だから、その前に……」
「でも、瞬時に治るんだろ?」
当然、ココは首を捻った。
「大丈夫だ……十四郎様達は……」
ツヴァイは十四郎達の背中に、熱い視線を向けた。
__________
「つったく、お前ら平気なのか?」
肩で息をするバビエカは、平気そうなアルフィンとシルフィーに唖然と聞いた。
「全然平気だよ」
「私は少し息切れ、アルフィンは私達とは違うから」
アルフィンは平気で言い、シルフィーも平気そうだった。
「まあ、そうだろうな……だが、何だ? あの魔物達は?」
異様な雰囲気の黄金騎士達を見て、バビエカは背筋が冷たくなった。
「人の怨念と怒り、あらゆる負の感情、そんなドス黒いモノ……それと、魔物の融合体だ」
遅れて来たローボは吐き捨てるように言った。
「ローボ、十四郎は大丈夫だよね?」
心配顔のアルフィンに、ローボはキラリと牙を見せた。
「今のところ、迷いは無い様だ」
「ビアンカも大丈夫だよね?」
シルフィーも心配そうに聞いた。
「ああ、心配ない……それより……」
ローボはアウレーリアに視線を移した。直ぐに察したバビエカは、溜息交じりに呟いた。
「何か、機嫌悪いんだよな」
「えっ? どこが?」
全く感情が分からない普通に見えるアウレーリアの姿に、アルフィンは首を傾げた。バビエカは、眉間にシワを寄せて呟くように言った。
「魔法使いがさ……あの女騎士ばかりに構うと……あいつ、キレるかも……」
「そうみたい……」
シルフィーも察して溜息を付いた。そして、敵をそっち除けで二人で戦う場面が頭を過った。
「あっ、それは有り得るかも」
納得したアルフィンは、大きく頷いた。
「あの化け物達より心配な事なのか?」
呆れた様に耳を下げ、ローボは言った。
「だって、ビアンカとアウレーリア、ケンカばかりだもん」
「はぁ……」
困った様なアルフィンの顔を、大きな溜息で見たローボだった。




