追憶
騎士なら、戦いに恐怖を感じる事は無いのか? 下級の騎士なら、斬られれば痛みもあるし死ぬことは怖いはずだ。
だが頂点に立つ黄金騎士なら、恐怖など無縁だろう……。
「黄金騎士の凄さは分かっていたつもりだった……彼らは自身の強さに裏付けられた絶対の自信ががある」
「どうした? 急に」
ツヴァイは突然、呪文の様に呟きココは唖然と聞き返した。
「だが、その自信はアウレーリアによって打ち砕かれ、十四郎様に屈辱に変えれらた……アウレーリアと戦えば、生き残るのは”運”でしかない……だが、十四郎様は黄金騎士の全てを否定した……」
「抗えないモノは仕方ないとしても、そりゃ怒るはなぁ……」
ココはツヴァイの言葉を受け、背中に悪寒を走らせた。
爆発しそうな怒りが具現化した様な、悍ましいその容姿がノヴォトニーの心情を物語っていた。
「戦いに於いて、相手の命を気遣う……十四郎様の戦いは……それは騎士にとって最大の侮辱……」
ツヴァイは言葉を失い掛けるが、ココは強い視線で十四郎の背中を見た。
「そんなの最初から分かりきった事だ。俺は付いて行くと決めたんだ」
ココの強い言葉に、ツヴァイは頬を緩めた。
「……ああ、そうだった……私も、とうに決めたんだった」
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ノヴォトニーの怒りは、快楽に変わりつつあった。魔物の力を手に入れてさえ尚、十四郎は互角に戦っている。
どんなに速い打ち込みも、どんなに重い打ち込みも平然と躱し続けている。しかも、速くて重い打ち込みに高度な技を織り交ぜても、十四郎は受け流していた。
”普通”の人間なら自分の限界で攻めても、攻めきれないのであれば焦りや不安に包まれるだろう。だが、自分の中に確かに存在する”余裕”は、既に人間を超越した事を感じさせた。
また、これだけ攻撃を続けても微塵も疲れを感じない事、例え傷を負っても痛みさえ無く、瞬時に回復する事は、絶対の優位であるとノヴォトニーを根底から支えた。
そして、何より十四郎は本気で戦い……命を奪う剣を、自分に対して振るっている。これ程喜ばしい事があるものか……。
「お前の強さは認めてやろう」
怪しい笑みは、ノヴォトニーの余裕の現れだった。だが、十四郎は表情を変えず、ノヴォトニーの上段からの剣を受け流すと、後方の跳んだ。
同時にノヴォトニーは前に跳び、十四郎に襲い掛かるが、十四郎は後ろに跳びながら刀を横薙ぎに一閃した。
丁度カウンターの様に、跳んだ速度が速すぎた事で、ノヴォトニーに避けきれずに剣を腕が大量の血飛沫と共に切断され、宙を舞った。
「やった!」
「……まだだ」
ココは声を上げるが、ツヴァイは冷静に事態を見た。
「下がりながら、来るのを待っていたか」
ノヴォトニーは、腕を拾いながら口角を上げた。そして、斬られた腕を元の場所に付けると、腕は瞬時に繋がった。
そして、漆黒の闘気を陽炎の様に燻らせ、体全体を震わせるとエリーゼの様に両腕の先が鋭い”剣”になった。だが、ノヴォトニーは、それだけではなかった。大きな雄叫びをあげると、両肩の上部分から、腕が生えて四本腕になった……当然、生えた腕も剣に変わった。
「両手剣でもヤバイのに、四本かよ……」
「そうだな……だが……」
身震いしながら、ココが呟くがツヴァイは十四郎から目を離さなかった。十四郎は、また霞の構えを取り、真っすぐにノヴォトニーを見詰めていた。
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十四郎とノヴォトニーは対峙したまま動かなかった。どう見ても十四郎が不利なのだが、ノヴォトニーは先には動かなかった。
「今度は、四本か……」
見守るココとツヴァイの傍に、ヨロヨロとマアヤが呟きながら戻って来た。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか?」
ココの問い掛けに、マアヤは脇腹を押さえながら言った。脇腹には血が滲んでおり、魔物の回復も追いついて無い様だった。
「お前、血が……」
心配顔のツヴァイを見て、マアヤは少し赤面して顔を背けた。
「腕や足なら直ぐに治るが、その、腹の中がぐちゃぐちゃに潰れてるんだ……再生するのに、時間は掛かる」
「治るのか?」
「……ああ、治るから、そんな顔するな」
心の底から心配している事が、ツヴァイの顔を見て分かったマアヤは言葉を途切れさせた。
「おい、あれ!」
「ビアンカ様!!」
その時、遠くに白い何かを見つけたココが叫び、直ぐに気付いたツヴァイも叫んだ。
「やっと来たか……さて、そこの小娘を起こして、お前は魔法使いを援護しろ」
マアヤはココにそう言うと、その場に座り込んだ。
「あっ、おう。起きろ、リル」
ココがリルを揺り動かすと、リルはそっと目を開けた。
「どうなった?」
「十四郎様や、ビアンカ様が来た。もう、大丈夫だ」
「そうか……」
リルは頭を振って立ち上がり、魔弓を握りしめた。




