黄金の魔獣
ロングソードを抜いたツヴァイが、摺り足でゆっくり前に出る。その斜め後方からノインツェーンもレイピアを構えた。その更に後方からは、ココとリルも魔弓を構えエリーゼに照準を合わせる。
「そろそろいいか?」
明らかに態勢が整うのを待っていたエリーゼは、ツヴァイ達を蔑む様な表情で見た。
「集中しろ……他は考えるな」
ツヴァイはエリーゼに視線を貼り付けたまま、背中で言った。
「それは”死”の事か?」
そうエリーゼの唇が動いた瞬間、ツヴァイの視界からエリーゼの姿が消えた! 瞬間の事でココやリルの初動がコンマで遅れた。
物凄い衝撃と、周囲を覆う爆音! ツヴァイは無意識にエリーゼの見えない剣を受け止めていた。
「ほう」
鍔迫り合いの形になったエリーゼは、怪しい薄笑みを浮かべた。だが、完全に手応えはあった……ツヴァイの胴体は真っ二つのはず……。エリーゼは薄笑みの向こう側で、少し首を捻った。
「行けっ! 次が来る!!」
一瞬の事でフリーズしていたノィンツェーン達にマアヤが叫ぶが、またその瞬間にエリーゼは物凄い力と速さでツヴァイの剣を弾いた。
一瞬! ツヴァイの胴がガラ空きになるが、刹那に黄金の矢が大挙してエリーゼに押し寄せた。数本なら、簡単に弾き返されツヴァイは致命傷を負ったかもしれないが、その数の多さはエリーゼの神速剣でもツヴァイに攻撃を加える機会を逸しさせた。
体制を整える為にツヴァイは瞬間に下がるが、その至近を影が過ぎ去る。瞬時に焦点が合うと、それはノィンツェーンの背中だった。
ノィンツェーンは渾身の突きを繰り出す!! その速さと手数は、剣と腕が見えない位だった。同時にリルとココの援護の黄金の矢が、光の尾を引きながらエリーゼに迫る。
ハッとしたツヴァイもエリーゼに超速で地を蹴り剣を振るうが、エリーゼはいとも簡単にツヴァイを含む全ての攻撃を受け流した。それでもノィンツェーンは突きを繰り出し、ツヴァイは剣を振るい、ココとリルは矢を放ち続けた。
「あんな動きの矢でさえ、簡単に避けるのか……しかも、二人を相手にしながらだと……」
呟くマアヤは背筋に冷たいモノが走った。ココとリルの放った物凄い数の矢は、確実にツヴァイとノィンツェーンを避けながらエリーゼだけに向かっていた。しかも、ツヴァイやノィンツェーンの繰り出す剣も尋常じゃない……それらを同時に相手にするなど……。
マアヤの脳裏では、戦う十四郎達の姿が浮かんだ……それは当然、苦戦している姿だった。
「待てよ……何故だ……」
マアヤは、ふと気付いた。どうして自分が、この人間達の事を気にするのか? 自分でも分からなかった。
だが、目の前で戦う人間達を見ていると体の内側から熱いモノが湧き出した。自然と牙や爪が鋭く伸び、全身は深紅の陽炎に包まれた。そして、吐く息さえ深紅の闘気が漲るとマアヤはツヴァイ達の戦闘に加わった。
「やっと準備出来たのか?!!」
物凄い勢いで剣を振るうノィンツェーンが叫ぶ!。
「三方向から同時に行くぞ!!」
言うが早いか、ツヴァイは正面、ノィンツェーンとマアヤは左右に分かれ、エリーゼに斬りかかった。当然、ココとリルの光の矢もエリーゼに襲い掛かる。
流石のエリーゼも防戦一方になるが、瞬間の”間”の後、三方向と矢の同時攻撃を薙ぎ払った。
「一旦、引くぞ!!」
ツヴァイの叫びと同時に、ノィンツェーンとマアヤが瞬時に下がった。
「やはり、人の武器はダメだな」
口角を上げたエリーゼは、血のような瞳を怪しく揺らすと剣を投げ捨てた。
「あいつ、剣を……」
「待て」
行こうとするノィンツェーンを、ツヴァイが肩で制した。
「こんな奴らに使うのか?」
「うるさい……」
腕組みで怪しく笑うノヴォトニーに、視線を向ける事無くエリーゼは闘気を発散させる。地割れを伴いエリーゼの全身が光を放つと、両掌が一瞬で伸びると鋭い剣に変わった。
「掠っただけで、体が真っ二つなりそうだな……」
ツヴァイは冗談のつもりだっが、ノィンツェーンだけでなく全員の背筋が凍った。
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エリーゼが剣になった両腕を、やや後方に下げた瞬間! ツヴァイの横を影が超速ですれ違った。その瞬間に肩や脇腹に激痛が走り、同時にノィンツェーンも片膝を付いた。
「どこかやられたか!?」
振り向いたツヴァイが慌てて叫んだ。
「腕と脇腹……でも、切れてない……」
苦しそうな声を出すが、ノィンツェーンは不思議に思った。
「多分、これの加護だな……」
ツヴァイは右手に握ったロングソードに視線を落とした。
「そうね……」
ノィンツェーンも美しい光を放つ、レイピアに微笑んだ。
「確かに手応えはあったのにな」
首を傾げたエリーゼは、剣になった両腕を見た。
「当たらなくていい。とにかく数を増やすぞ」
「わかってる」
鋭い表情で弓を構えたココに、リルはエリーゼに強い視線を向けながらも視界の隅でノィンツェーンの背中を見詰めた。
「もう少し待て……」
ノヴォトニーは、また前に出ようとするバラッカを視線で止めた。苛立ちの唸りを発したバラッカは、溢れ出る闘気を必死で抑えた。
苛立ちがあるのはエリーゼも同じで、バラッカが加勢に加わろうとした事が更に苛立ちを増加させた。その瞬間! ココとリルの放った無数の光の矢が迫った。
「お前達からだ!」
叫んだエリーゼは、瞬間にツヴァイとノィンツェーンを越えてココとリルに迫った。ツヴァイは瞬時の事に対応すら出来ず、振り返り叫ぶのが精一杯だった。
「ココ!!」
その悲痛な叫びがココの耳に届くのと同時に、エリーゼが目の前にいた。その顔は苛立ちと怒りに包まれ、振りかざし剣になった両腕には”死”の予感しかなかった……が。
「今だっ!!」
ココが叫んだ瞬間! リルがココの背後から飛び出し、ゼロ距離から渾身の光の矢を放った。
光の矢はリルの弓から放たれ瞬間に数本に分かれた。手を伸ばせば届きそうな超至近! エリーゼは見えない程の超速で両腕の剣を振り薙ぎ払うが、数本が肩や腹に突き刺さった。
一瞬! エリーゼの動きが鈍る。その刹那! ココが巨大な光の矢を放った! 距離は超至近のまま! その太く強い光はエリーゼの胸元を貫いた。
エリーゼの首が、ガクンと落ちる。ココとリルは素早く後ろに跳び、距離を取った……二人とも弓は構えたままに。
「倒したのか?!」
マアヤは叫んだが、直ぐにエリーゼが顔を上げて物凄い形相で睨んだ。
「倒しただと?」
エリーゼは体に突き刺さった矢を抜きながら、強く押し殺した声で呟いた。傷は瞬時に塞がり溢れ出る血は直ぐに止まった。胸元を貫いた傷さえ、ゆっくりと元に戻った。
「油断するな」
「分かってる」
一瞬の安堵も瞬間に消え、ツヴァイはノィンツェーンに背中で言った。ノィンツェーンも剣を杖に立ち上がると、大きく息を吐いた。
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「アルフィン殿!」
十四郎の脳裏に稲妻の様な衝撃が走った。それは、最悪を予感して思わず声を上げる。アルフィンも、気付いてはいたが声に出せないでいた。
『間に合わせたいか?』
「はい!」
脳裏にローボの声が響くと、十四郎は即答した。
『分かった、乗れ』
ローボの声が響くと、大鷲が上空に出現した。
「時間が無い、掴むぞ!」
大鷲はそう叫ぶと、十四郎の両肩を掴んだ。十四郎は宙に浮く瞬間、大鷲の足を掴んで掴まれた肩の痛みを軽減させながら叫んだ。
「アルフィン殿! 先に行きます! 付いて来て下さい!!」
そのままアルフィンを残し、大鷲は空に舞い上がった。暫くして、ビアンカ達がアルフィンに追い付いた。
「アルフィン! 十四郎は?!」
思わずビアンカが叫ぶと、アルフィンは俯きながら小さな声で言った。
「ワタシじゃ間に合わないの……」
「で、アイツは、どうしたんだ?」
息を切らせてバビエカが聞くと、アルフィンは大空を見上げた。
「大鷲……連れてった……」
明らかに元気の無いアルフィンだったが、アウレーリアはバビエカの横腹を蹴った。
「行って下さい」
「お、おう」
促されたバビエカは、走り去った。黙ったまま、その後姿を見つめるアルフィンにシルフィーは優しく寄り添った。
「大丈夫?」
「……」
シルフィーの優し声も、アルフィンには届かなかった。だが、ビアンカは微笑みながらアルフィンを撫ぜた。
「行こう、アルフィン。あなたは、十四郎の馬……」
そんな短い言葉が、アルフィンの胸を貫いた。十四郎の顔や声が、フラッシュバックした。
「分かった!」
アルフィンは一目散に走り出した。
「追い付くのはキツイよ!」
「アルフィンの本気は桁が違うからね!」
直ぐに後を追う、ビアンカとシルフィーは大声を出し合った。




