聖域の森 2
十四郎が駆け付けると、周囲には腕や脚に矢の刺さった数人の盗賊が倒れていた。安否を確認すると皆、気を失ってるだけで命には別条無い様だった。
「リルは?」
少し表情を曇らせ、ココが聞く。
「大丈夫です」
「リルじゃなく、相手の方です……殺しましたか?」
目を逸らせ、ココが呟く。
「殺してはいませんが、倒れた一人に何本もの矢を射ました」
十四郎も少し顔を曇らせ、小さな声で返答する。
「あいつは変わらない……」
絞り出す様にココは呟き、手にした弓に力を込める。
「変わらないとは?」
十四郎はココの目を見詰めた。
「聞いたでしょう……私もリルも、目の前で父親を殺され……ココロが、おかしくなった。でも、そんな私達を……師匠は可愛がってくれた……」
ココは言葉を詰まらせながら言った。そして、暫くの沈黙の後に声を押し殺して続けた。
「リルが言ったんです、母親を助けたいと……今までは物みたいに接していた母親を……」
「ココ殿のココロは、随分良くなったみたいですね」
笑顔を向ける十四郎に、ココは訝しげな顔をした。
「どういう意味ですか?」
「ココ殿は母上の事も、リル殿の事も心配しています。自分以外の人を思い遣る事が出来る……壊れたココロでは出来ません」
「私は……」
俯き言葉を失うココは、自分では分からなかった。だが今は母親と、何よりリルの事しか頭になかった。
「十四郎、彼女が囲まれてます。今度は人ではありません」
気配を察知したアルフィンが告げるが、その声はかなり震えていた。
「戻りましょう」
直ぐに十四郎はココを促すが、ココは動こうとはしなかった。今度はココを残し十四郎は走る、追いかけるアルフィンは振り帰りココを見ると、うな垂れたまま時間が止まってるみたいに見えた。
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遠目だがリルが何か動物に囲まれていた。その時、急にアルフィンが十四郎の横に並びながら叫んだ。
「狼です! 十四郎乗って下さい」
十四郎が飛び乗ると、アルフィンは急加速でリルの元に走った。
狼達は連携していた。リルの素早い動きさえ先読みし、前後左右からヒットアンドアウェイを繰り返しリルの体力と気力を削ぐ。
達人の域の弓手であるリルの矢を、いとも簡単に避けながら特に弓を持つ左腕を集中して攻撃する。
狼達は分かっていた。人が強いのは武器があるからで、武器を無くした人は成す術が無い事を……。
「アルフィン殿! 駆け抜けて下さい!」
十四郎は叫ぶと跳び降りた! アルフィンは狼の真ん中を掻き分け超高速で駆け抜ける。降り立った十四郎はリルの前にゆっくりと出た。
「大丈夫ですか?」
穏やかな声で十四郎はリルに振り返るが、無言のリルは腕から血を流していても表情は変わらない。
「引いてはもらえませんか?」
仕方なく正面を向いた十四郎は、一番手前の少し周囲より大きい灰色の狼に言った。
「お前、言葉が分かるのか?」
狼は太い声と鋭い眼光で十四郎を見据えた。
「分かります。私達は病人の為に薬草を取りに来ただけなのです」
狼の目を真っ直ぐ見た十四郎が言葉を返す。
「そこに転がる人間の仲間ではないと言うか? なら何故その女は我々に弓を向ける」
周囲に倒れている盗賊に目をやり、言うが早いか灰色の狼は十四郎に飛び掛かる。しかし、それは囮で十四郎が素早く後ろに引くと、今度は左右から同時に襲い掛かる。
鯉口を右手で握り、刀を抜かずに鞘に収めたまま十四郎は両側の狼を横薙ぎにするが、狼達は寸前で止まると後ろに跳んだ。
一旦体制を立て直す狼達。アイコンタクトで支持を出す灰色の狼、他の狼達は包囲の輪を少し大きめにした。
狼は全部で七頭、十四郎を中心にゆっくりと時計回りに回る。そこに狼の輪を破りアルフィンが駆け込んで来た。
「アルフィン殿……」
十四郎はそっとアルフィンの鼻を撫ぜる。
「いざとなったら乗って下さい、突破します」
アルフィンは狼達から視線を切らず、落ち着いた声で言った。
「頼りにしてます」
微笑んだ十四郎は静かに言った。その言葉が、今は何より嬉しいアルフィンだった。




