魔物を超えた魔物
「押さえが効かないな……」
血まみれの手を見詰めノヴォトニーは呟くが、その口角は怪しく上がっていた。
「血飛沫が、こんなに美しいとは……」
同じ様に剣を流れる鮮血を見て、エリーゼも怪しく笑う。その後ろではバラッカが、低い唸り声を上げながら若い娘の死骸を貪っていた。
「あれはもう獣だな……」
何故が嬉しそうに、エリーゼはバラッカの様子を見た。
「ああ、既に言葉も失い本能だけだ……お前はまだ正気なのか?」
薄笑みを浮かべながら、ノヴォトニーはエリーゼを見た。
「正気? そうだな……何が正気で、何が正気でないのか……」
エリーゼも薄笑みを浮かべて、鮮血を見詰めた。そんなエリーゼを見詰めながら、ノヴォトニーは全身に漲る”力”をゆっくりと開放する……腕や足、全身に溢れる得体の知れない何かが陽炎の様に立ち上がった。
「……魔法使い……」
天を見上げたノヴォトニーの脳裏には、十四郎の姿がフラッシュバックした。刹那! 剣を抜いたノヴォトニーは雷鳴の様な雄叫びを轟かせた。直ぐにエリーゼも雄叫びを上げ、その脳裏には光りを纏うビアンカの姿があった。
「来るよなっ!」
叫んだエリーゼの顔は、憎しみに歪んでいた。
「ああ、来るとも……来なければ、迎えに行くまでだ」
声を押し殺すノボトニーの顔は、目だけが異様な光に包まれていた。
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起きて、焚火を囲むツヴァイ達は無言で火を見詰めていた。
「何だ? 臆したのか? 心配するな、奴等の目的は魔法使いだ、お前達は関係ない」
溜息交じりのマアヤは、小さく溜息をついた。確かに魔法使いでも苦戦するであろう進化した化け物相手では、ツヴァイ達では荷が重いだろうと思った。
「煩い、黙ってろ」
リルは声を押し殺した。
「確かに魔法使いや女騎士、あの魔女でも苦戦するだろうが……」
「そんな事じゃない! 十四郎様やビアンカ様は必ず勝つ!」
マアヤの言葉を遮り、立ち上がったノィンツェーンはマアヤを睨み付けた。
「なら、何を悩むんだ?」
「お前に何が分かる!!?」
薄笑みを浮かべるマアヤに、ノィンツェーンが掴み掛ろうとするが、無言のツヴァイがノィンツェーン腕を強く取って制した。そして、マアヤに向かい静かな声で言った。
「村の惨状を見て、十四郎様は心を痛める……」
「何だ? 魔法使いに知り合いでも居たのか?」
「十四郎様には縁も所縁も無い村だ……だが……」
マアヤは首を傾げるが、ツヴァイは言葉を詰まらせた。
「なら何なんだ?」
マアヤには訳が分からなかった。
「俺達だって心は痛む……だが、十四郎様の痛みは……」
ココは惨状を見た十四郎の姿を思浮かべ、言葉を詰まらせるが、マアヤは呆れた様に大きな溜息を付いた。
「魔物のお前には分からないだろうな」
諦めた様な目で、ココはマアヤを見た。
「ああ、アタシは魔物だよ。人の痛みなど分からないし、興味もない……だが、あれ程の強さの魔法使いが落ち込む姿は見てみたい」
ココの言葉に、マヤヤは怪しい笑みを浮かべた。
「キサマ、もう一度言って見ろ……」
今度はリルが詰め寄り、ノィンツェーンも唇を噛み締めて続いた。
「何だ、やる気か?」
マヤヤは低く構えると、爪を出した。
「止めるんだ」
ツヴァイは双方の間に入り、ココは飛び掛かろうとするリルを無言で羽交い絞めにした。
「先に手を出そうとしたのは、そっちだぜ」
履き捨てる様に言ったマアヤに、ツヴァイは頭を下げた。
「二人がすまない……」
真剣なツヴァイの態度に、頭に血が上りかけたマアヤは、大きく息を吐いた。
「まあ、いい……それより、お前達は動くなよ」
マアヤはリルとノィンツェーンに視線を向けた。
「そのつもりだ」
ココはリルを押さえながら、小さな声で言った。
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「ローボ殿」
「気付いたのか?」
起き上がった十四郎は、寝そべるローボに小声で言った。
「アルフィン殿達が来ます」
「その様だな……」
「何かあったのでしょうか?」
心配顔の十四郎に、ローボは寝そべったまま言った。
「心配ない、小娘達は無事だ」
「そうですか……」
十四郎は大きな溜息を付いたが、ローボはゆっくりと顔を上げて少し笑った。
「ふっ、女魔物が注意しろと言って来た……お前にな」
「注意と言いますと?」
「行先の村で、元は黄金騎士だった魔物が待ち受けているそうだ」
「どう言う事ですか?」
静かな声で、十四郎はローボを見た。
「ある魔物の血肉を食らえば、魔物の力を手に入れられると言う言い伝えがある。しかし、その魔物は生半可ではない強さだ。と、言う事は黄金騎士とか言う奴等……」
「本当なのですか?」
ローボの言葉を遮り、十四郎は言葉を震えさせた。その様子を見たローボは、低い声で十四郎を見据えた。
「奴等が望んだのだ……強さを」
「ですが……」
十四郎は肩を落として、声を掠れさせた。
「逃げるか? 奴等は相当な強さだ」
ローボは傍で寝息を立てるビアンカを見た。だが、十四郎は俯いたまま、視線を向けなかった。
「逃げても追って来るだろう……それに、村人は全滅の様だ……女子供も含めて」
俯く十四郎の肩が、ピクリと動いた。そして、いつの間にか、アウレーリアが傍に立っていた。
「心配しないで下さい。私が倒します」
「アウレーリア殿……」
体全体から漲る闘志を陽炎の様に発したアウレーリアの姿に、十四郎は顔を上げた。
「そいつでも、危ういかもな」
ローボはキラリと牙を光らせ、また寝ているビアンカを見た。
「……」
十四郎はビアンカとアウレーリアを交互に見るが、言葉を発せなかった。そんな十四郎の様子を見たローボは、ゆっくりと立ち上がり十四郎を見据えた。
「ならば、言ってやろう……全ての原因は、お前だ……お前が解決しなければならない」
はっとした十四郎は、目を見開いた。その時、ビアンカが目を覚まして十四郎を目を擦りながら見た。
「十四郎、どうしたの?」
ビアンカの優しい声が十四郎の全身を覆い尽くし、アウレーリアの穏やかな視線も十四郎を背中からそっと支えた。




