人外の気配
村の入口に現れたのは、狼の集団だった。人々は戸を締め息を殺して見守ったが、狼達は悠然と村の中心部に集まった。
そして、一際大きな銀色の狼は低いが通る声で叫んだ。
「村の長は誰だっ!?」
狼が喋るのに驚いた村人達だったが、誰の脳裏にも”神獣”ローボの姿が、銀色の狼に重なった。
「私が長です……あなた様は?」
髭を蓄えた、小さな老人が一人で来て聞いた。
「我らはローボの同族だ」
「そうですか……あの、ローボ様の……所で、御用は?」
ルーは敢えて名乗らなかった。老人は少し安堵した。獣神ローボは神であり、狼藉などしないと分かっていたから。
「持てるだけの食料を持って、村人全員が一時身を隠せ」
「それは、どう言う事でしょうか?」
鋭い眼光のルーはそう言うが、村長は首を傾げた。
「この近くに居る軍勢を遠ざける為、食料を奪う。そうなると、奴等はお前達の村から食料を調達しようとするだろう……だから、お前達には食料と身を隠して欲しいのだ」
「ですが、全ての食料を持ち出すなど不可能です」
確かに村長の言う通り、馬車や荷車を使っても運びきれないのは分かっていた。だが、ルーは毅然と言った。
「残りは我々で運び出す……心配するな、事が終われば元の場所に戻す事を約束しよう」
「しかし……」
それでも村長は、言葉を濁した。
「何だ? 言いたい事があるなら言え」
ルーは鋭い眼光で村長を見据えた。驚いた村長は、二三歩下がるとおずおずと言った。
「その……村に来て、食料がなければ……腹いせに村を焼き払うなどと……」
「その可能性はあるな」
村長の危惧に、ルーは平然と言った。だが、憔悴する村長にルーはキラリと牙を見せた。
「食料調達に全軍では来ない。おそらく精鋭では無く、下っ端が小人数だ……村に残す我らの仲間が簡単に撃退する」
「それは……」
村長は深々と頭を下げた。
「ルー様、運搬の獣達が着きます」
「それでは、始めよう」
手下の狼の報告を受けると、ルーは凛とした声で言った。
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夜中過ぎ、マアヤが戻って来た。気配で起きたココは、マアヤの険しい表情に首を傾げた。
「どうした?」
「……お前達が行く村を先に見て来た……」
マアヤの声は歯切れが悪く、その視線は鋭くココに向けられた。
「場所を変えよう」
ココは起き上がると、ツヴァイ達を起こさない様に場所を変えた。そして、声の届かない場所でマアヤはゆっくりと話し出した。
「村の全員が殺されていた。女子供を含めた全部だ」
「まさか、口封じか?」
「それは、分からない」
ココは”火薬”と言う秘密を守る為に、先を越して証拠を消したのかとも思ったが、疑問も頭を過った。マアヤは首を振る……だが、魔物であるマアヤは惨殺など気にしないはずだが、その表情はココの思考を混乱させた。
「だが、せっかく覚えさせた技法を、自ら始末するのか? しかも、女子供は関係ない」
「……そんな、事はどうでもいいのだろうな……あの場所には魔法使いや、女騎士、魔女に対する凄まじい憎悪しか無かった」
「何だと? 見たのか?」
瞬時に十四郎やビアンカ、アウレーリアの顔が脳裏に浮かぶココの脳裏には、嫌な予感しか無かった。
「金色の鎧が三人……いや、三体」
「三体? どう言う事だ?」
金色の鎧でココは黄金騎士かもと思うが、マアヤは人では無い示唆をした。
「多分、魔物の血肉を食らったんだろう」
マアヤの声は沈んでいた。
「食らったら……どうなる?」
最悪の予想は出来たが、ココは敢えて聞いた。
「魔物の力が手に入る……だが、奴等はそれだけでは無い」
「ああ、元が黄金騎士だからな」
ココの声には恐れが溢れていた。
「何だそれ?」
今度はマアヤが聞くが、その視線は鋭かった。
「前に戦った……何とか退けたが……」
十四郎やアウレーリアは何とか問題にしなかったが、ビアンカや自分達の苦戦を思い出したココは戦慄した。あの力に魔物の力が加われば、どれ程なのかと悪寒が走った。
「まあ、悪い事は言わない。近付かないのが身の為だ」
「お前でも、苦戦しそうか?」
マアヤが柄にもない事を言ったので、ココは少し笑った。だが、マアヤの鋭い視線がココに突き刺さった。
「苦戦? 奴等の戦い方次第では、魔法使いでも危ないさ」
その言葉は、ココの胸の奥に不思議な闇を招いた。そして、気配に気付くとアルフィンとシルフィーが居た。
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「その話は本当?」
「十四郎より、強いの?」
シルフィーとアルフィンはマアヤに詰め寄った。
「ああ、魔法使いでも危ないな」
真剣な顔のまま、マアヤは答えた。
「なら、行かなくちゃ」
「そうね、十四郎を迎えに行く」
即答するシルフィーに、アルフィンは同意する。
「お前達、聞いてるのか?」
呆れた様にマアヤは溜息交じりで言った。
「ええ。ワタシ達が居なければ、この人達は行けないから」
「そうよ、それは十四郎が一番悲しむコトだから」
シルフィーは、遠くで寝ているツヴァイ達を優しい眼差しで見た。アルフィンは、十四郎の為にもツヴァイ達を危険に近付けたくなかった。
「分かった」
「あなた、いい魔物ね。あの人達を十四郎が来るまで守って」
「お願い! 直ぐに戻って来るから」
頷くマアヤにシルフィーとアルフィンはそう言うと、風の様に走り去った。当然、寝ぼけまなこのバビエカを叩き起こして。
「フン……勝手な事、言いやがって」
マアヤは履き捨てるが、横に居たココは目をテンにいしていた。
「シルフィーやアルフィン、何処に行ったんだ?」
「魔法使いを迎えにな。心配するな、あいつ等が起きる前には帰って来る。お前も、もう少し寝てろ」
顔を背けたマアヤは、静かに言った。
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「私が先に走るよ! 道は覚えてるから!」
「うん! 私達は気にしないで!」
アルフィンはスピードを上げる。流石のシルフィーでも、追いつけない程にアルフィンは飛ぶ様に走った。
「こんな闇でも見えるのか!?」
息を切らしたバビエカが叫ぶが、シルフィーは大声で叫び返した。
「アルフィンだから出来る事なの! アルフィンの足跡を追うよ! その道以外は危ないからねっ!」
「簡単に言うなっ!」
同じ様に飛ぶ様に走るシルフィーの背中を見ながら、バビエカは涙目で叫び返した。




