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ミランダ砦では、ガリレウスとラモスの話し合いが続いていた。如何にガリレウスが来たとしても、王に忠誠を尽くすラモスは首を縦に振れなかった。
「ガリレウス様、魔法使い殿の強さは身を持って知っております……魔法使い殿なら、平和で平等な世界へ導いて下さると……思います……ですが」
ラモス自身も迷っていた。砦の他の者達の大半は、十四郎に従うだろうとも感じていた。
「確かに戦いの無い平和な世界は作れるでしょう……ですが、平等は難しいのです。人は生まれた瞬間から、平等ではないのです。貴族の子、騎士の子、そして民の子……生まれた瞬間から既に平等ではありません。同じ貴族に生まれたとしても、体が丈夫だったり弱かったり……そんな身体的な事は、全ての身分に存在します……」
ガリレウスは、微笑みながら言った。
「それでは、平等など……」
ラモスの表情は、ガリレウスの笑顔とは対照的だった。
「しかし、それは境遇に於いての事であり身分の階級が無くなれば……」
「身分……まさか……」
ガリレウスの言葉は、ラモスに衝撃を与えた。
「反発は大きいでしょう。しかし、何もしないと何も変わらないのです」
王族や貴族、教会など権力者達にとって受け入れ難い事は容易に想像出来た。しかし、平等が実現された世界を想像すると、ラモスの胸は高鳴った。そして、疑問を口にした。
「それでは、戦いの無い平和な世界で我々騎士はどうなるのでしょうか?」
「戦いの無い世界に、戦う人は不要です……ですが、不逞の輩から民を守る為に自警団として一定の騎士は残るでしょうが、多くの騎士は民に戻ります」
「戻ると仰いますと?」
「遠い昔、全ての人は”民”だったのですよ」
「全ての人……」
ラモスの中で、答えが見えた気がした。ラモスは砦の皆を集め、ガリレウスから聞いた話を全てありのままに話した。
「私自身は、まだ迷っている……皆の率直な意見を聞きたい」
驚きや困惑、様々な思考が人々の間で揺れ動いた。だが、一人の屈強な男は意外な事を言った。このミランダ砦を守る騎士の中でも古参であり、正に騎士道を具現化した様な男だった。
「私には三人の息子がいます……息子達には騎士にはなって欲しくありません。忠誠を尽くし、命を賭けて戦う……こんな事は、私だけで十分です。息子達には命の危険など無い、平和で穏やかな暮らしをして欲しいのです」
その言葉は、多くの騎士たちの心に響いた。
「お前自身はどうするのだ?」
ラモスの問いに、男は俯き加減の顔を上げた。
「魔法使い殿とご一緒に、戦います……息子達の未来を手に入れる為に。そして、戦いが終わったら……息子達と一緒に畑を耕します」
「私はパン職人になります」
横の男が言った。
「私は猟師に」
「私は大工になりたい」
口々に男達は”なりたいモノ””やりたいコト”を語った。ラモスは黙って聞き続けた、そして男達の言葉が途切れると、大きく息を吐いた。
「そうか……それならば、やるべき事は一つ……魔法使い殿と共に!!」
剣を抜いたラモスは叫んだ。男達も一斉に剣を抜いて、ラモスと共に叫んだ。ガリレウスは、その様子を、穏やかな表情で見守っていた。
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夕暮れになり、十四郎達は野営を決めた。アルフィンやシルフィーなら夜間でも大丈夫だが普通の馬には夜間は難しく疲労も重なり、これ以上の前進は無理だった。
火を起こし横になると、疲れからビアンカは直ぐに眠りに落ちた。疲労が両手両脚、全身を覆って思考さえ曖昧にした。そして、微かに触れる十四郎の温もりは、ビアンカを優しく包み込んで穏やかな眠りへと誘った。
アウレーリアは十四郎の傍で、静かに目を閉じていた。疲れなど無縁ではあったが、傍に居るビアンカにアウレーリアの心は乱れた。だが、全ての”負”の感情も、指先で振れる十四郎の暖かさで相殺された。
アウレーリアは、自分の穏やかな心情を不思議な感覚で味わっていた。そして、目を閉じたままでも感じられる十四郎の存在は、アウレーリアを優しく眠りへと誘った。
二人に挟まれ戸惑う十四郎だったが、疲れは十四郎を眠りに誘った。だが、夜更け過ぎに目が覚めると頭の中でローボに問い掛けた。
『ローボ殿、ミランダ砦の近くのイタストロア軍が気になります』
『確かに障害だな』
『マルコス殿達が砦に入るのを、黙って見てはいないでしょう』
『だから、どうした? お前が行くとか言わないだろうな?』
『戦いにしたくはないのです』
『行かなくていい』
『しかし』
『ルーが上手くやる』
『ルー殿が?』
『そうだ。敵軍の近くで補給が出来そうな村は一つだけだ。その先は急いでも一日は掛かる。だから先に近くの村へ行き、村人と食料を遠くに逃がす。その後、敵軍の食料を全て奪い撤退させれば、二日は稼げる』
『ローボ殿……』
『心配するな、敵にも村人にも死傷者は出さない……ルーも分かってる』
『ありがとうございます……ローボ殿』
『さあ、寝ろ……今は休め』
『はい』
十四郎は微かな寝息を立てるビアンカとアウレーリアを見ると、目を閉じ深い眠りへと入って行った。
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「何っ?」
馬を走らせるマルコスは、追って来た黒い影を見た。それは、銀色の狼で素早く馬の前に回り込んだ。
「戻る際、敵軍は気にしなくていい」
「お前は?」
鋭い眼光の狼に、マルコスは聞いた。
「我が名はルー。ローボの息子だ」
「そうか。では、ルー。どうして敵軍を気にしなくていいのだ?」
確かに皆を率いて戻る時、ミランダ砦で付近に駐屯するイタストロア軍は最大の難関だとマルコスは感じていた。その疑問に、ルーは簡潔に答えた。
「確かに、それなら戦闘は裂けられる……しかし、何故そこまで我々に協力する?」
マルコスの問いに、ルーは走り去りながら背中で言った。
「お前達と同じだ」




