聖域の森 1
何処からが聖域の森かは判断出来ない。唯、一見同じ様に見える木々も、足元の草花さえ違和感みたいな感覚があった。
「森の匂いが変わりました、風も違います」
走りながらアルフィンは報告する。言われて初めて気付く微細な違いだったが、確かに十四郎にも違いが分かった。前を走るココとリルも感じているのだろうかと、十四郎はなんとなく思った。
急にココが止まった、リルは背中の矢筒から矢を抜き既に構えている。気配は十四郎も感じたが、場所までは特定出来ない。
「囲まれています、狙いは馬です……あなたの」
ココも弓を構えると、周囲を警戒した。確かにアルフィンは、盗賊じゃなくても欲しがるに違いない。
「アルフィン殿、私の傍を離れないで下さい」
十四郎は降りると、アルフィンの鼻を撫ぜた。
「前はリルが行きます、私は後ろに」
狩人の視線、ココは既に獲物を見付けていた。
「約束は忘れないで下さい」
十四郎はココに念を押す。ココは頷くと後方へ走ったが、リルは弓を構えたまま動かない。
「前は四人ですね」
アルフィンは正確に捉えていた。
「位置は分かりますか?」
十四郎がアルフィンに聞いた瞬間、リルは走り出す。その背中は小さいが、身を屈め獣の様に素早い動きだった。初めの矢を左前方に射ち込むと、続け様に右を連射で射る。
先に飛び出した左からの盗賊が盾を前にして突っ込んで来るが、素早く横に跳び盾の隙間から脚を目掛けて矢を放つ。見事に太腿に刺さり、転倒した所に止めの矢を射ろうと弓を引いた。
「駄目だっ!!」
十四郎の叫びが森に木霊した。
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声には反応し、一瞬動きは止まった様に見えたが矢は放たれた。十四郎が一点を凝視すると矢は盗賊の腕に刺さった。しかしリルは次の矢を射る、矢は反対側の太腿に突き刺さり、盗賊はもんどりうって倒れた。
だが次の瞬間、右から二人の盗賊が飛び出す。だが、あろう事かリルが狙うのは倒れた方の盗賊で、迫る右からの二人は完全に無視していた。
十四郎は素早く飛び出しリルを追い越すと、二人に向かう。ほぼ同時に剣が十四郎目掛けて振り下ろされるが、体を捻って右横に跳ぶ。
着地と同時に電光石火で方向を変え、近い方の盗賊を刀の柄頭で鳩尾を突き失神させると、もう一人の返す剣を最小限の動きで避け、腕を取りそのまま背負い投げで地面に叩き付けた。
失神するのを素早く確認してリルの方を見ると、倒れてもがく盗賊に更に矢を射るところだった。既に腕や脚には数本の矢が刺さっている。
「もういい!」
叫んだ十四郎が盗賊に駆け寄り、鞘で殴って失神させた。振り返って見たリルは弓を引いたまま、動きを止めていた……その表情を何一つ変えずに。
「もう一人は逃げました」
アルフィンの言葉で一息付くが、合計六人が今度は右左から現れる。
「そこで見てろっ!!」
十四郎が怒鳴る。初めて聞く十四郎の怒鳴り声にアルフィンは、びくっとするが、リルは弓を下すと無表情のまま立っていた。
暫く間を空け、十四郎は盗賊が集まるのを待つ。手に剣や槍を構え、四方から取り囲こみ相手が体制が整うのを確認すると、十四郎はゆっくり刀を抜いた。
囲む盗賊は五人、ジリジリと間合いを詰める。十四郎は気配や音で盗賊の位置を確認すると、刀を下げて構えた。アルフィンは初めて見る十四郎の戦いに息を飲む。
声を掛けたいが張りつめた空気が介入を拒み、黙って見ているしかなかった。
先制攻撃、十四郎は正面ではなく後ろの盗賊を振り返り様に袈裟切りにし、返す刀で横の盗賊を薙ぎ払う。降り注ぐ剣や槍を刀で受け流しながら、その勢いを反対に利用しカウンターで確実に相手を倒して行く。
そのスピードは凄まじく、全ての動作が一連の繋がりを持つ舞の様に見えた。驚きが驚愕へと昇華する初めての感覚、アルフィンはその動きを目に焼き付けた。
ほんの数十秒で全員を倒すと、矢の刺さる盗賊に駆け寄った。当然倒した盗賊は峰打ちだが、意図した強めの打撃で暫く失神からは回復しないだろう。
矢を抜き、着物の袖を破り縛って止血すると、後方のココの元に走っていった。あまりの速度の出来事に、唖然としていたアルフィンだが、我に返ると慌てて十四郎の後を追う。
残されたリルは遠ざかる十四郎の後姿を、ぼんやり見ていた。




