火花
「ラディウス! 鎧が減って来た! もう少しだ!」
「ああっ!」
叫ぶマルコス、ラディウスは背中で叫び返した。マルコスは正確に戦況を見ようと周囲を見回すが、確かに鎧の数は激減していた。その訳は……まるで鬼神の様なアウレーリアだった。
アウレーリアは全く速度を落とさず、見えない超速で剣を振う。時折鎧の逆さ十字の紋章が光を乱反射する……今更ながら、マルコスは背筋に冷たいモノが走った。
「マルコス殿! このままじゃ!」
「そうだな! 限界だ!」
ラディウスの叫びに、マルコスも同調した。これ以上、アウレーリアがこの場所に居たら制御不能になる様な気がした。何より、表情など表に出さないアウレーリアが泣きそうな顔になっていたから。
マルコスは大声で叫んだ。
「アウレーリア! 十四郎を助けに行け! ここは私と……」
言葉の途中で、アウレーリアは消えた。
「見たか?」
「ええ、彼女、微笑んでました……とても、優しく」
消える寸前、アウレーリアの横顔は嬉しそうに笑っていた。
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眩い閃光の様な攻撃! 十四郎は咄嗟に刀で受けながら後方に跳んだ。そして、その視線の先には”揚羽”を構えるビアンカの姿があった。俯き加減のビアンカは、絹の様に美しい金髪が乱れ、隠れた顔には泣きそうな表情が薄暗い周囲の中でも十四郎の胸を揺らした。
「ビアンカ殿、大丈夫ですか?」
だが、十四郎の問いにビアンカは答えず、揚羽を正眼に構えた。その構えは真桜そのもので、十四郎は不思議な感覚に陥った。そして、十四郎が刀を降ろした瞬間! ビアンカの超速の突きが十四郎の喉元に迫った。
瞬間、刀で受け流すが瞬時に腕を畳んだビアンカは、見えない速さで柄を回して石突を下方から繰り出す。その先は十四郎の顎を目掛けて一直線だった。
十四郎は寸前で反って躱すが、今度は上から輝く穂先が振り下ろされる! 反ったままの態勢では刀で受けるのが精一杯だが、受けた瞬間にまた横からの石突が飛んで来る!。
それを刀の柄で受けた十四郎だったが、その衝撃は想像を超えていた。腕だけでなく衝撃は全身を貫いて、十四郎は片膝を付いた。
『ほう、恐ろしい力だな』
十四郎の頭の中にローボの声が響くと同時に、鞘が猛烈な回転でビアンカに迫った。ビアンカは受ける事はせず、瞬時に後ろに跳んだ。十四郎は回転しながら飛んで来る鞘を片手で受け止めると腰に差し、瞬間に刀を収めた。
「ローボ殿、危うく鞘を真っ二つにされる所でした」
苦笑いの十四郎が溜息交じりに言うと、ローボが暗闇から銀色の肢体を浮かばせた。
「操られてるのは確かだが、何か変だ」
「そうですね、確かに……普通なら、鞘を斬っていたはずですが」
「フン。それは、お前の為だろうな」
ローボは言葉とは裏腹に、鋭い視線をビアンカに向けた。
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『変わった術だな……』
ローボの声が脳裏に響くと、ビアンカは全身がガタガタと震えた。
「ローボ、体が勝手に……十四郎を傷付けてしまう……」
『お前の力で十四郎を、どうにか出来ると思ってるのか?』
「そう言う事じゃない……」
ビアンカの声は、ローボの脳裏で激しく揺れた。
『傷付ける行為、そのものが許せないと?』
ローボは穏やかな声で言った。ビアンカは何も返答せず、ただ躰と心を揺らし続けた。
『今のお前の強さ……それは、お前自身の力ではない』
少しの沈黙の後、ローボは静かに言った。
「……何かが、私の中で……もう、抑えられない……」
『それでいいのか?』
絞り出すようなビアンカの声を、押し殺したローボの声が遮った。肯定も否定もせずに、ビアンカは俯いた。
『その力が解放されれば、お前に掛けられた術を解くなど造作もない……だが、もう、十四郎と同じ時は過ごせない……』
何となくだが、ローボの言葉の意味がビアンカには分かる気がした。自分の居場所が十四郎の傍ではなく、ローボやライエカ側になると言う事、万能な力で十四郎を守れると言う事……その代償は、ビアンカにとって全身を引き裂かれる事よりも辛い事だとも……分かる気がした。
そして、ビアンカの思考が眩い光に包まれそうになった瞬間! 現実に引き戻った。目前に迫る剣、ビアンカは受け流すと視線をその先に向けた。
「何故十四郎に剣を向けるのですか?」
アウレーリアはビアンカと十四郎の間に立ち、鋭い視線を向けていた。直ぐにビアンカも鋭い視線をアウレーリアに返した。
「アウレーリア殿、ビアンカ殿は術に掛けられて……」
「そんな事、関係ありません」
慌てる十四郎の言葉を遮り、アウレーリアは低い声で言った。二人の視線は火花を散らし、後ろの十四郎は慌てるが、更に追い打ちを掛ける様にマアヤも現れた。
「何だ? 面白くなってるな」
「マアヤ殿……」
嬉しそうなマアヤに、十四郎は溜息を付いた。
「やれやれ……でも……」
ローボも何時の間にか十四郎の傍に来て、対峙する二人に視線を向けた。
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「お前達! ビアンカ様は直ぐ近くだ! 行けっ!!」
叫ぶツヴァイだったが、リルは距離を取って弓を構え、ノィンツェーンはツヴァイと背中合わせに立って言った。
「こいつ等、マルコス殿の所に居た奴等とは桁違いだな」
「確かにそうだが、私だけで大丈夫だ!」
ツヴァイが叫んだ瞬間! 金銀のパペット達が左右から同時に襲い掛かった。だが、リルの放った超速の矢は、同時に左右のパペットの動きを鈍らせた。
「ツヴァイ! 右を!」
叫んだノィンツェーンは左のパペットを横薙ぎで倒した。ツヴァイも反射的に右側を薙ぎ払うが、その奥には次のパペット達が待ち構えていた。
「もう、いい! 後は私に任せて……」
「アウレーリアが行く、ここは三人でも苦しい」
ノィンツェーンは静かに言った。
「あいつは、十四郎様の命令で……」
「さっき、横を通って来た。もう、限界だ。だから、ここは三人で切り抜け、その後にビアンカ様の元に行く」
唖然と呟くツヴァイに、ノィンツェーンはまた、穏やかに言った。視線を移したリルも、弓を構えたまま、小さく頷いた。
「分かった。手早く片付けよう」
剣を持ち直したツヴァイは、改めてパペット達を睨み付けた。




