聖なる瞳
「淡い群青の輪郭から、幾重にも色を変えたサファイアブルー……この世のどんな宝石さえ霞む神秘の瞳……お前は、その聖なる瞳で何を見るのだ?」
闇の中で老人はビアンカを見据えた。
「私は……」
ビアンカは俯き、長い睫毛が神秘の青い瞳を覆い隠す。
「お前にとって、魔法使いとは何なのだ?」
老人の言葉に、ビアンカの細い肩が揺れた。そして、顔を上げると老人を強く見た。その瞳からは眩いばかりの青い光が煌めいた。
「美しい……」
老人はその瞳の美しさに言葉を失う……だが、胸の奥底には違う感情も沸いた。
「十四郎をどうするつもりなのですか?」
ビアンカの青い瞳の中心に、更に濃いブルーの炎が燃え上がった。その炎は眩しくて真っ直ぐには見れない程に美しかった。老人は、自分の胸を押さえながら、声を絞り出した。
「確かめようではないか……本物かどうか……あの、魔法使いを」
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片手で剣を構える黄金のパペット。何処にも力の入っていない、その構えは一見すると隙だらけに見えた。対する十四郎は左足を引き、鯉口を切るとやや低く構えた。
「剣も抜かずに、速さに対応できるのか?」
老人は怪しく笑ううが、次の瞬間に真顔になった。激しい金属音と飛び散る火花、だが双方とも動いた気配は皆無だった。
「ほう、少しは付いて行けるようじゃな」
老人は十四郎を見ながら曖昧に微笑むが、その自信は少しも揺らいではいなかった。
「確かに、速くて重いですね……」
十四郎は痺れが残る腕を摩った。
「……」
黄金のパペットは、一旦背筋を伸ばすと剣を両手で持った。そして、大きく振りかぶると見えない速さで十四郎に襲い掛かった。何とか受ける十四郎だっが、反撃はおろか受けるだけで精一杯だった。
「遅い……」
老人は眉を顰めた。
「弱い……弱すぎる……」
暫くは十四郎と黄金のパペットの戦いを見ていた老人だっが、力無く吐き捨てた。
「お前は十四郎の何処を見てる?」
「あなたは……」
目を見開く老人の視線の先には、白銀に輝く狼が牙を光らせていた。初めて目にするローボは気高くも神々しく、老人の目前に居た。
「魔法使いを助けに来たのですか?」
やや震える声で、老人は聞いた。
「助ける? その必要は無い」
フンとローボは鼻を鳴らした。
「ですが、私の造った騎士に勝てる訳はありません。現に、あの様に受けるのが精一杯で……」
「お前の目は節穴か?」
怪しく笑うローボだったが、老人には十四郎が押されている様にしか見えなかった。
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「強いか?」
十四郎の脳裏にローボの声が響いた。
「ええ……」
「あの女よりもか?」
「アウレーリア殿と同等……いえ、それ以上かも」
十四郎の言葉は後ろ向きだが、声には張りがあった。
「全ての力が最高の”人形”だ。全力を出せ」
”人形”と言う言葉に語尾を強め、ローボは強い声で言った。
「もう、全力でやってますよ」
十四郎は黄金のパペットの剛剣を受け、全身を衝撃で包まれながらも苦笑いした。
「ビアンカが拉致された」
ローボの言葉に、十四郎は急に声を押し殺した。
「無事なのですね?」
「ああ、今の所はな」
「それでは、急ぎ終わらせます」
十四郎は一旦下がると、刀を仕舞って低い体勢で身構えた。
「また、剣を抜かない構えか……」
老人は最初の十四郎の構えを思い出した。十四郎は左人差し指で鯉口を切ると、やや刀を傾けた。同時に瞬間抜刀! 神速の鞘引き! 黄金のパペットとの間合いは一瞬で埋まった。
十四郎の刀筋を黄金のパペットは読んでいて、剣をその軌道の内側に向けるが、その瞬間! 肩付近で激しい金属音と火花が散った。
「斬ったのか……」
残像が老人の目に、ゆっくりと映った。
「お前の人形、中々丈夫だな。普通の人間なら、今ので絶命していた」
「今までは力を抜いていたと言うのですか?」
唖然と呟く老人に、ローボはキラリと牙を見せた。
「さあな、底の知れない奴だ。どこまでが本気なのか、誰にも分からない」
「そんな……まさか」
老人がまた呟く。その瞬間に、十四郎が後方に吹き飛ばされた。黄金のパペットの全身からは、闘気の様な赤い陽炎が出ていた。
「ほう、人形も本気を出すようだな」
「よいのですか? あれが本気を出せば”神さえ”切り裂きます」
他人事の様にローボが言うが、老人でさえ見た事のない黄金のパペットの”本気”……その結末には造った本人でさえ、全く予想は出来なかった。




