パペット
第三層へ続く階段は今までと違い、かなり長くて角度も急だった。途中には踊り場もあり、空間の大きさは誰にでも想像出来た。
階段は更に続き、松明が照らす足元以外は闇に包まれていた。十四郎は途中でマアヤに聞いた。
「マアヤ殿、下を照らせますか?」
「簡単だ」
ニヤリと笑うと、マアヤは両腕を上げる。すると掌から炎が湧き出す様に出て、丸く輝く光の玉が形成された。かなりの大きさになると、その炎の光玉を闇に放り投げた。光玉は闇に落ちて行き、途中の空間で静止して太陽の様に第三層を照らした。
「何だこれは……」
唖然と呟くマルコスの視線の先には”街”があった。
「十四郎様、何か動いてます」
ツヴァイは街のあちこちで蠢くモノに、険しい目を向けた。
「そうですね。人の様にも見えますが……」
十四郎も目を凝らすが、それは確かに人の様だった。
「甲冑の騎士の様です」
目のいいラディウスが、強い視線で言った。
「沢山いるな」
「マアヤ殿、あれは?」
腰に手を当て不敵に笑うマアヤに、十四郎は視線を向けた。
「さあな。人では無い事は確かだ……魔物の類でもない」
「あれはパペットだ」
マアヤの横でローボが強い視線を向けた。
「ですが、ローボ。あれは動いてますよ?」
「動かしている奴がいるんだろうな」
目を見開くツヴァイに、ローボは牙を光らせた。
「あの、パペ何とかって?」
冷や汗を流した十四郎は苦笑いで聞いた。
「フン、人形の事だ」
「人形が動くのですか?」
鼻を鳴らすローボに、十四郎は驚きの表情を見せた。
「ローボやマアヤだって存在するんだ。パペットが動いても不思議じゃない」
「まあ、そうですよね」
マルコスの言葉に直ぐに納得する十四郎に、横のツヴァイは大きな溜息をついた。
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「まるで、守護者だな……」
小さく溜息をついたマルコスだった。かなりの距離に近付くと、甲冑の”パペット”達の全容が分かった。平均的人の背丈より倍近くあり、大男のラディウスさえ子供みたいに見えた。
片手には巨大な金属の盾、そしてもう片方にには背丈と同じぐらいのロングソードを持っていた。
「あれは、人ではないんですよね」
「ああ……だが、戦わないと先には進めない」
十四郎の問いに、ローボは牙を光らせる。すると、パペットの一体が十四郎達に気付いたのか、ゆっくりと近付いて来た。だが、その瞬間! マアヤがパペットに突進した。
しかし、マアヤの鋭い爪も火花を散らし盾で簡単に受けると、ロングソードで横薙ぎに薙ぎ払った。瞬時にマアヤも後方に飛び退くが、長い剣先はマアヤの横腹をかすった。
「速い!」
ツヴァイが声を上げるが、怒りに火が付いたマアヤは矢継ぎ早に攻撃を仕掛けた。だが、受けと攻撃が高次元でマッチしているパペットは、マアヤと互角以上に戦っていた。
「速さと力強さを備えている。手強いな」
ローボは冷静に言うが、マルコスの背中には冷たい汗が流れる。それは、後方から他のパペットも続々と近付いて来ていたからだった。
「どうすれば……」
「相手はパペットだ、死なない」
ツヴァイが声を震わせ、ラディウスも声を沈めた。だが、アウレーリアだけは平然と戦うマアヤを見ていた。
「ローボ殿、困りましたね。なんせ、数が多い」
十四郎は言葉とは裏腹に、普通の口調だった。ローボは、ふっと笑みを漏らすとツヴァイ達に言った。
「腕を斬り落とせば攻撃出来ない。脚を斬り落とせば、追って来られない」
「そう言われましても……斬らせてくれそうにありませんよ」
情けない声を出すツヴァイに、ローボは急に声を押し殺す。
「この程度の敵を前にして臆するなら、夢など所詮、夢でしかない」
その言葉はツヴァイやラディウス、マルコスを頭から押さえ込んで言葉を失わせた。だが、十四郎は笑顔で言った。
「ツヴァイ殿とラディウス殿は、二人一組で一体づつお願いします。マルコス殿は、二人の援護に」
「お前はどう……」
反射的に言い掛けて、マルコスは言葉を飲み込んだ。十四郎は全く普段通りで、その横には涼しい瞳のアウレーリアが寄り添うようにいた。
この二人なら、どんな強敵でも……そう、考えると気持ちは一気に楽になる。目を移したツヴァイやラディウスも、顔の血の気は戻り勇気と元気が戻っていた。
「マルコス殿、援護を!」
「俺が盾になる! お前が斬れ!」
飛び出すツヴァイを追い越し、ラディウスが叫んだ。マルコスはゆっくりと弓を引くと、パペットのロングソードを持つ腕を一射で貫いた!
矢が貫通した腕が一瞬下がる! その瞬間、突進して来たラディウスのメイスがパペットの兜を粉砕した。
だが、頭部を潰されてもパペットの動きは止まらない! が、ラディウスの背後から飛び出したツヴァイがロングソードを一閃! 両足を切断した。
それでもパペットは動きを止めない。ツヴァイは両腕を切断すると、胴だけになったパペットを見下ろして呟いた。
「やはり、両手両脚じゃないとダメだな」
「斬れるか?」
「ああ、やるしかない」
振り向いたラディウスの問いに、ツヴァイは強い視線で答えた。
「それでは、アウレーリア殿」
「はい」
十四郎はアウレーリアに笑顔を向けた。アウレーリアは小さく頷くと、ゆっくりと剣を抜いた。
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第一層ではガリレウスが測量を続けていた。その結果を元に、地上ではロメオとウィードが階段の発掘を始めていた。
「どうして十四郎殿について行かなかったのだ?……」
測量の手を止めたガリレウスは、優しく呟いた。
「……」
ビアンカは俯くだけで、何も答えなかった。そして、背中を向けると地上に向かって歩き出した。リズは離れて見守っていたが、後を追った。
ビアンカは作業している人々を、遠く城壁の上からボンヤリ見ていた。リズは隣りに座ると、暫く黙っていた。
「いいの? ビアンカ……」
かなりの時間黙ったいたリズは、小さな声で聞いた。
「……私は……」
掠れる声で口を開くビアンカだったが、その後の言葉は続かなかった。
「後悔はね。やってからするんじゃなくて、やらなかったからするモノだよ……だって、やってしまった後悔より、やらなかった後悔の方が何倍も辛いから」
「えっ?」
ビアンカは顔を上げ、パラリと美しい髪が頬を撫ぜた。
「だって、経験済みなんだもん」
リズは、ぎこちなく笑った。
「……リズ……」
「行け! ビアンカ。行かないと何も変わらないし、始まらないよ」
立ち上がったリズは、ビアンカの腕を取り強引に立たせた。
「ほら、早く」
リズは背中を押した。ビアンカは、それでも動こうとしなかったが、リズは大きな声で城内に叫んだ。
「ビアンカは十四郎様を諦めません! 今から傍に行きまぁす!!」
「リズ!!」
真っ赤になったビアンカがリズを揺するが、作業中の人々から大歓声が沸き上がった。
「ほら、もう皆に知れちゃったよ」
「知らないっ!」
怒った様な顔で走り出したビアンカだったが、その先は地下への階段だった。
「がんばれ……」
その背中を見送りながら、リズは優しく微笑んだ。




