残された者
「アルフィン殿、少し休憩しましょう」
平気で走り続けるアルフィンに、十四郎は声を掛けた。明らかにココとリルの馬は疲れて息を乱していた。
森は続いていたが、まだ周囲は明るく太陽は穏やかに降り注いでいた。十四郎はココとリルの馬に近付き声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「……なんとか」
ココの馬が息を弾ませるが、リルの馬は目線を合わせ様ともしない。
「休みは必要ありません」
馬を降りないまま、ココは十四郎を見下ろした。
「あなたは疲れてなくても、馬は疲れてますよ」
十四郎は馬を撫ぜた後、近くにあった切り株に座った。仕方なく馬を降りたココはリルに休憩を促すが、無言で馬を降りると木々の間に消えた。
沈黙の休憩は暫く続いた後、十四郎はココ達の馬に聞いた。
「どうです、そろそろ大丈夫ですか?」
「はい、もう大丈夫です」
どこからともなく戻ったリルは馬に乗り、無言のままココも用意を済ませた。
「これから先は道が分かりません、先に行って下さい」
十四郎の言葉にココは黙って頷くと、馬を森の奥へと向けた。見える範囲だが、その先の森は明らかに違っていた。緑の濃さも漂う空気も、まるで人を寄せ付けない様に霞みながら、太陽の光さえ屈折させている様に見えた。
「あまり話さない人達ですね。彼らの馬も、そうですが……」
首を傾げたアルフィンに、笑顔の十四郎は平然と言った。
「そうですか? きっと緊張してるんですよ」
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「ご機嫌斜めだね」
騎士団詰所で不機嫌そうに窓の外を見ているビアンカに、リズが笑顔で声を掛ける。
「そんなことはない」
明らかに不機嫌を撒き散らし、腕組みしたビアンカはぶっきらぼうに言った。アルフィンを引き取りに来てから、十四郎は一度も姿を見せず音沙汰も無い。日に日に苛々は増し、その様子はリズを楽しませた。
「来ないなら、あなたが十四郎様の所へ行ったら?」
「そんなこと……」
溜息交じりのリズの言葉に急に声を落とすビアンカ、その表情は情けなくて切なさが溢れている。全く、分かりやすくて可愛い奴と心で呟いたリズは、仕方ないので背中を押す。
「口実は幾らでもあるんだけどな……例えば、アルフィンはどうしてる? とか」
聞くが早いか、ビアンカは猛烈な勢いで飛び出す。
「午後の訓練、団長には、お腹痛いから休むって言っとくからね!」
ビアンカの背中に叫んだリズは、溜息が混じる微笑みで見送った。
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「お願いシルフィー、急いで!」
ビアンカはシルフィーを急き立てる。シルフィーはその表情を察して全力で走る。最近元気の無かったビアンカが生き生きとした顔を見せたのだ、安堵感と嬉しさで走る速度も自然と上がった。
ケイトの家にはあっという間に着いたが、ドアの前でビアンカは立ち止まる。小屋にはアルフィンの姿は無く、上がっていたテンションは急降下した。
ドアはビアンカを威圧する。ノックと言う何の難しさも無い行為さえ、微かに震える腕が重い。頭の中では考えがまとまらない。何を言えばいいか、何をすればいいか全てが分からなかった。
俯き動かないビアンカをシルフィーが鼻で押すと、何度か目でやっとビアンカはドアをノックした。出てきたケイトは驚いた顔をを見せ、メグが泣きそうな顔で飛び出して来た。
「十四郎、何処に行ったか知ってる?!」
意味が分からないビアンカだったが、その胸には全身を凍らせる程の氷が瞬間に出来た。
家に入るとケイトは十四郎の部屋に案内した。ベッドの上には綺麗に畳まれたマントがあり、誰も居ないはずなのに何故か十四郎の温もりを感じた。
あれ程冷たくなった、ココロがゆっくりと温まる。大きく深呼吸すると、体の中に十四郎の香りが充満した。
「朝起きると十四郎さんは既に居なくなっていて、ベッドの上にはこのマントが……」
声を落とすケイトに、ビアンカは無理して落ち着いた声で言った。
「心当たりはありませんか? 最近様子が変だったとか? 誰か訪ねて来たとか?」
思い付くだけの疑問を考えるが、ケイトの反応は微妙だった。
「別に変わった事は……そう言えば、昨日誰かが来たみたいですけど」
「誰ですか?!」
思わず声が上がる。
「見てないんです」
「わたしも……」
ケイトもメグも声を落とす。その落ち込み方に気付いたビアンカは、無理して平気な声を装った。
「このマントは十四郎が家宝にすると言ってました。残して行く訳はありません。だから、必ず帰って来ます」
「本当?……」
涙を浮かべたメグをそっと撫ぜ、ビアンカは微笑んだ。はち切れそうな胸の痛み、気を抜くと自分まで泣き出したくなる衝動を抑えながら。
「ええ、本当よ」