マアヤ
魔物達全てが消え去るのに、時間はそう掛からなかった。
「十四郎様、終わったようですね」
「はい。なんとか」
ツヴァイは十四郎の横で小さく息を吐くが、今までに無い感覚に包まれていた。それは、体の疲れや痛みが殆ど無い事だった。
「何か、全然平気。もう一戦出来そう」
「バカは疲れを知らなくていいな」
「何ですって!」
大きく背伸びするノィンツェーンに、何時もみたいにリルが絡む。
「まあ、まあ、お二人共」
苦笑いの十四郎が間に入るが、全員がツヴァイと同じ感覚に驚いていた。
「十四郎様、この感覚は?」
「そうですね。やはり聖剣の力でしょうか」
ツヴァイの質問に首を傾げながら答える十四郎だったが、ローボは鼻を鳴らしながら言った。
「フン、やはりじゃなくて聖剣の力だ」
「十四郎。聖弓は分かったが、私は王宮で築城の許可を貰ってる最中だったんだが……」
マルコスが不安そうに聞くが、十四郎は頭を掻くしか出来なかった。
「十四郎様、私もアルマンニの動向を探ってる最中だってのですが」
「ローベルタ様の警護も気になります」
ココやツヴァイも心配そうに言った。
「ローボ殿……」
「そんな情けない顔をするな……ライエカ、どうなる?」
ローボは情けない顔の十四郎に苦笑いしながら、ライエカに聞いた。
「大丈夫、直ぐに元の場所に戻すから……」
ライエカがそう言うと、ツヴァイ達はフッと姿を消した。残ったのは十四郎に、ビアンカとアウレーリアだけだった。
「さて、私達も戻ろう」
ライエカが微笑むと、十四郎達は山々が見える元の場所に居た……そして。
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「十四郎、あいつまだ……」
そこには、紅の獣王が立っていた。身構えたビアンカが十四郎に言うと、アウレーリアはゆっくりと紅の獣王に向かって行く。
「アウレーリア殿、待って下さい」
十四郎が言うと、アウレーリアは振り返り直ぐに戻る。そんな様子を見たローボは、少し笑うと紅の獣王を見据えた。
「まだ用があるのか?」
「聞きたい事がある……」
押し殺すような声で紅の獣王は言った。傷は殆ど癒えてはいたが、前の様な破壊的威圧感は身を潜めていた……十四郎が前に出ようとしたが、制したビアンカが歩み出た。
「何を聞きたい?」
「……お前達は、何をしようとしている?」
紅の獣王は刺すような視線で、ビアンカを睨んだ。
「私達は平和で平等な世界を作る為に……」
「何だと? 気は確かか?」
ビアンカの言葉を遮り、紅の獣王は怪しく笑った。ビアンカは一旦俯くと、声を震わせた。
「……本当は平和な世界なんて、どうでもいいのかもしれない……ただ、平和になれば十四郎は戦わなくていい……私が望むのは、そう言う事だと思う」
「ビアンカ殿……」
十四郎は俯くビアンカに穏やかな視線を向けた。
「そうだ、それが人だ……所詮は己の願望だ!」
紅の獣王は叫びながらビアンカを嘲る様に見るが、ビアンカは逆に憐れんでいる様に見返した。
「何だその目は?」
「分からないだろうな、魔物如きでは」
怒りの視線を放つ紅の獣王に、ローボは吐き捨てた。
「獣神ともあろう者が、人などに肩入れするのか?」
更に怒りの視線はローボにも突き刺さる。
「ローボだけじゃないよ。私も」
「まさかな……神まで」
羽根をバタバタさせるライエカを見て、紅の獣王は不機嫌そうに視線を動かした。
「もういいだろ、さっさと消えろ」
ローボは炎の視線で紅の獣王を見るが、そんな視線など無視して紅の獣王はビアンカとアウレーリアを視界の中に閉じ込めた。
「お前も、その女と同じか?」
「……傍に、いたいから」
紅の獣王の問いに、アウレーリアは小さな声で答えた。
「……やはり、お前か……」
紅の獣王は十四郎に鋭い視線を移した。直ぐにビアンカとアウレーリアが、その視線に割って入る。
「お前達とは、もう戦うつもりはない」
紅の獣王はそう言うと、淡い光に全身が包まれた。ビアンカの倍近い背丈はゆっくりと小さくなり、同じくらいになった。
派手で艶のある顔は幼い少女の様な雰囲気に変わったが、豊満なスタイルだけは維持していた。そして、まとった深紅の鎧は妖艶な体を誇張するようにピッタリと張り付いていた。
「どう言うつもり?」
「その男に付いて行く……」
強い視線のビアンカの問いに、紅の獣王は怪しく微笑んだ。
「魔物を仲間すると思うのか?」
牙を光らせローボが視線を突き刺すが、ライエカは穏やかに聞いた。
「一緒に戦うの?」
「戦う? まさか……人などに手は貸さない」
怪しく微笑んだまま紅の獣王は十四郎を見据えるが、十四郎は苦笑いするだけだった。
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「ただ、付いて来るだけなんだ」
「まあ、そうだな」
普通にライエカは聞くが、紅の獣王はずっと十四郎から視線を逸らさなかった。
「それなら、不要……帰りなさい」
ビアンカがまた一歩前に出る。アウレーリアは、そっと剣に手を掛けた。
「でも、札付きの魔物よ。帰せば、また多くの人を手に掛ける」
ライエカは、十四郎の耳元で囁いた。
「どうして一緒に来たいのですか?」
直ぐに十四郎が聞いた……その声には”芯”があった。
「獣神に神が肩入れする、お前を傍で見てみたい……そして、そこの二人にも興味がある」
紅の獣王はローボやライエカを見据えると、強い視線をビアンカとアウレーリアに向けた。
「そうですね……まあ、付いて来るだけならいいでしょう」
「十四郎!」
ビアンカは十四郎の横顔に思わず叫ぶが、アウレーリアは表情を変えなかった。
「だだし……万が一、人に仇なす時は覚悟してもらいます」
穏やかな十四郎の言葉だったが、紅の獣王の背中には悪寒みたいなものが走り過ぎた。
「分かった、それでいい……我が名は、マアヤゲルドラード・デアイュタル・ギドラール」
「あの、長いですね……マアヤ殿で良いですか?」
仁王立ちになった紅の獣王が名乗るが、十四郎は頭を掻いた。
「好きに呼べ」
紅の獣王はぶっきらぼうに言うが、胸の奥に経験した事ない何かを感じた。




