祈り
最初に一瞬目を合わせただけで、ビアンカとアウレーリアは二度と目を合わせる事はなかった。だが、夥しい数の亡者は確実に数を減らしていた。
しかも、まるで長年の友や姉妹の様に、ビアンカとアウレーリアの息はぴったりと合っていた。
「本来ならアウレーリアは十四郎に匹敵する化け物、いえ……”超人間”とでも言うか、常識の通じない存在だけど……でも、ビアンカは確かに強いけど”普通の人間”……アウレーリアが合わせているのかしら?」
「合わせる? アウレーリアにそんな器用な事が出来るか」
冷静に分析するライエカだったが、ローボは吐き捨てた。
「ビアンカは強くなった……怖いくらい……ローボ、あの妖精と出会ってからよ」
「……それは、分からない」
心配そうなシルフィーだったが、ローボは言葉を濁した。
「妖精はビアンカを選んだ。それは……」
「大丈夫だ。十四郎がそうは、させない」
ライエカの言葉を遮り、ローボが強く言った。
「シルフィー見て」
寄り添ったアルフィンは、十四郎の戦う姿にシルフィーを誘った。そこには一瞬で亡霊を殲滅する十四郎がいた。そして、十四郎は亡霊を消し去ると、両手を合わせ深く頭を下げていた。
「あいつ、何してるんだ?」
「あれは、十四郎の祈りだ……」
意味の分からないバビエカに、ローボが静かに言った。
「祈りだって?」
「そうよ、死者が安らかに眠れる様に……」
バビエカが声を上げるが、ライエカも静かに言った。
「自分で命を奪っておいて、何言ってんだ」
「十四郎が好きで命を奪ったと思うの!! 十四郎がどれだけ苦しんだか知らないくせに!」
急にアルフィンが声を上げる、その瞳には涙が滲んでいた。
「だからこそ、十四郎は祈るの……どんな理由にせよ、他人の命を奪う事の罪は消えない……十四郎はその罪を背負いながら、生きてる人々の為に戦うのよ」
言葉を噛み締めるシルフィーもまた、涙を浮かべていた。
「分かった、悪かった……泣くなよ……」
耳を垂らして、バビエカはシュンとなった。
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やがて、亡霊は全て消え辺りには平穏が戻った。
「すみません。一人では倒せなかったです」
老婆に頭を下げた十四郎は、刀を腰から抜いて差し出した。受け取った老婆は刀を抜くが、刀身は輝く光を放っていた。
「あの、元に戻らないのですか? まだ、繋がってますけど」
当然、折れた状態に戻ると思っていた十四郎は、恐る恐る聞いた。
「この剣は、亡霊達の悪気を吸収して自ら蘇ったのじゃ……見よ」
刀の刀身には、模様の様なモノが現れていた。それは、炎の様にも見え、何学模様の様にも見えた。
「あれ、凄い力……折れる前より数段上がってる。これは聖剣さえ凌ぐ力ね」
嬉しそうにライエカが言うが、十四郎は済まなそうに俯いた。
「ですが、私は約束を果たしてはいません……」
「全く、お前は……剣は自ら蘇った。それでいいじゃないか」
「そうよ、十四郎。よかったじゃない」
「その剣は元々、あなたの剣。何も気にしなくていいのよ」
呆れた様にローボが言うと、嬉しそうにアルフィンが寄り添い、シルフィーが穏やかに言った。
「で、十四郎。剣に書いてある文字みたいなモノ、どう言う意味?」
「破邪顕正……邪道を打ち破り、正しい道理を世の中に現し広めること……」
首を傾げるライエカに、戻って来たビアンカが説明した。
「その剣を持つ意味、分かってるな」
「はい……」
見据えるローボを十四郎は、しっかりとした表情で見た。だが、ビアンカと十四郎の間に割って入る様にアウレーリアが身を寄せた。
「離れて」
「……あなた、こそ」
声を押し殺すビアンカを、アウレーリアが氷の様な瞳で見る。一触即発、ローボが背筋を凍らせ、ライエカの顔が強張り、バビエカは天を揺るがす大惨事を予感した。
「だめですよ」
「はい……」
「……」
そんな危機も、微笑む十四郎の一言でビアンカは頬を染め、アウレーリアも微笑ながら俯いた。
「何なんだ……」
バビエカが呆れた様に呟き、アルフィンとシルフィーも嬉しそうに微笑んだ。
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荘厳な部屋の一角には、見事な彫刻と宝石が散りばめられた玉座が鎮座していた。しかし、その場所に本来座っている人物とは懸け離れた青年が、背中を丸めて座っていた。
「あなた様は、王ではなく皇帝になられる方です」
「私には無理だ……」
方膝を付いた七子の言葉に、皇太子のフィリップは声を震わせた。
「戦いの無い、平和で平等な世界……それを実現させるのが、陛下の使命です」
頭を下げたまま、七子は凛とした声で言った。
「だから、私には無理なのだ……」
「ご安心ください、七子がついております……ドライ、説明を」
震えが続くフィリップに、七子はドライから説明させた。
「はっ、それでは説明させて頂きます」
ドライは懇切丁寧に今の状況、そして展望を正確に丁寧に報告した。その語彙力と伝達力は素晴らしく、あっと言う間にフィリップに自信と希望を抱かさせた。
その後、部屋を後にする七子にドライが後ろから聞いた。
「よろしかったのですか? 全てありのままに伝えましたが」
「神輿だけでは民は動かない、錦の御旗は必要だ」
「御意」
名詞の意味は分からなくても、賢明なドライには七子の意図は直ぐに理解出来た。だが、一応聞いてみた。
「七子様、お聞きしても宜しいですか?」
「……今は”最高の賢王”を作りたいのだよ」
具体的に聞かなくても、七子はドライの質問の真ん中を答えた。
「それでは、七子様は?」
「私か? 私は魔法使いでよい」
振り向いた七子の表情は、子供みたいに無邪気に見えた。
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一段落すると、ライエカは帰る事を促そうとした。だが、十四郎は老婆の元に行き深々と頭を下げた。
「私の大切な人達にも、お譲り頂けませんか?」
「十四郎、聖剣は特別な者だけが……」
「ツヴァイ殿やノィンツェーン殿、ゼクス殿やマルコス殿、ココ殿やリル殿……」
ライエカは諭す様に言うが、十四郎は真剣な顔で老婆に迫った。
「もういい……で、どんな剣を望む?」
少し溜息をつき、ローボ途中で制して聞いた。
「本当は、全ての人に持って欲しいです……ですが、せめてツヴァイ殿達だけでも……彼らは何時も先頭に立って危険に立ち向かいます……望むのは唯一つです……絶対に身を守ってくれる聖剣です」
十四郎は頭を下げたまま、強い口調で言った。
「どうする?」
「そう、言われても……」
ローボはニヤリとしてライエカを見るが、ライエカ困った顔になる。
「私からもお願いします。彼らが傷付く事に、十四郎はきっと耐えられえません……」
ビアンカも十四郎に並び、深々と頭を下げた。
「十四郎がそう望むなら……これ、いらないです」
なんと、アウレーリアが小さくだが頭を下げ、逆さ十字の聖剣を老婆に差し出した。受け取った老婆は、唖然とした表情でライエカを見た。
「……で、何人なの?」
溜息の後、ライエカが聞くと、すぐ近くにツヴァイ達が突然現れた。
「えっ、ここは……十四郎様、ビアンカ様!」
全く訳が分からないツヴァイは、十四郎やビアンカ達の姿に驚きの声を上げた。そして、突然現れた他の者達も動揺と驚愕で言葉を失っていた。
現れたのは青銅騎士ツヴァイ、ノィンツェーン、ゼクス、モネコストロの狩人マルコス、ココ、リル、近衛騎士リズ、イタストロアの騎士マリオ、剣闘士ラディウス、アングリアンの騎士ランスロー、女盗賊アリアンナの十二人だった。




