現在 過去 未来
『出来るのか?』
十四郎の脳裏に、ローボの声が低く響いた。
「あの人達には、一人一人別の人生がありました……終わらせたのは私です……ですから、責任があります」
十四郎の返答には、しっかりとした意思があった。
『だが、それは過去だ……』
「……はい」
『ビアンカを見ろ』
ローボの言葉を受け、そっと振り返るとビアンカの泣きそうな顔が目に入る。十四郎は、小さく息を吐くと、迫り来る”亡霊”に向け背筋を伸ばした。
そして、ゆっくりと刀を抜いて正眼に構えた。
『送ってやれ』
「はい……」
十四郎は態勢を低くすると、引いた左足に力を貯めた。そして、先頭にいた数体の亡霊が斬りかかって来た瞬間! 横薙ぎ一閃で斬り伏した。
血飛沫を上げ倒れる亡霊……だが、他の亡霊達は怯むことなく十四郎に襲い掛かる。しかし、十四郎は神速の刀捌きで倒して行った。
「ライエカ様……あの者はいったい……両刃の剣では剣を返す必要はなく、そのまま次の動作に入れますが、あの者の剣は片刃、どうしても動きに手間が増えますが……それを微塵も感じません……それどころか、一連の動作はまるで舞踏」
老婆は震える声でライエカに聞いた。
「そうね、確かに不利な片刃の剣でも、十四郎にとっては不利でもハンデでもないのよ。あれが、十四郎の戦い方」
「それに、ライエカ様……あの剣は聖剣と言うより魔剣。確かに邪を滅する力がありますが、それは使い手の生気を吸収して……ですが、あの者はどうして動き続けられるのですか?」
「ああ、それ。前に十四郎に聞いたけど、何とも無いんだって」
ライエカは笑いながら言うが、老婆は更に震えた。
「生気を吸われ続けても、あの者は平気なのでしょうか?」
「吸われてないんじゃない?」
あっけらかんと、ライエカは言った。
「ならば、あの力は何なのでしょうか?」
「多分、あの剣は十四郎の事が好きなのよ……だから、霊山の魔剣を滅した時、自らが折れる事と引き換えにした」
「まさか、霊山の魔剣と同等の力が……」
老婆の驚きは、頂点に達した。
「まあ、十四郎の力と合わせてだと思うけどね」
「それにしても……」
老婆は、目の前にした十四郎の戦い様に目を見張った。
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そして、十四郎は全ての亡霊を倒した。横たわる屍の中で、立っているのは十四郎だけだった。
「あれだけの亡霊を、たった一人で……しかも、あの者は息一つ乱れてはいない……」
驚く老婆だったが、隣りに来たビアンカが悲しそうに言った。
「十四郎がどれだけ辛いか、どれだけ悲しいか……私達には分かりようもない……」
「ビアンカ……十四郎は大丈夫だよ」
寄り添ったシルフィーにビアンカ小さく頷くと、震えながら寄り添った。
「顔を上げろ、まだ終わってはいない」
ローボは横たわる亡霊に強い視線を向けた。亡霊達は陽炎の様に、ゆっくり立ち上がると剣を構える。十四郎に斬られた場所から、夥しい血を流しながら。
「そうか……亡霊達は、永遠に十四郎に挑んで来るのね」
「永遠って、そんなの無理だろ! 勝てる訳ない!」
ライエカは冷静に言うが、バビエカは思わず叫んだ。
「相手は自らが選んだのだ」
老婆はそう言うが、ビアンカは拳を握りしめた。そして、アウレーリアの方に視線を向けると、既に自らの剣に手を置いていた。
「止めておけ。手出しすれば、十四郎は剣を得られない」
素早くアウレーリアの前に出たローボが制するが、アウレーリア瞳は既に燃え上っていた。
「助けに入っても、十四郎は喜ばないよ。今はまだ、我慢しなさい」
ライエカは、アウレーリアの肩で囁いた。
「十四郎は喜ばない?」
十四郎の背中を見詰めたまま、アウレーリアは呟いた。
「ええ、そう。だから、まだ早い」
「……分かった」
小さく頷いたアウレーリアは、剣から手を放した。その様子を見ていたビアンカも、唇を噛み締め体を震わせながら……耐えた。
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十四郎の胸は張り裂けそうだった。亡霊を斬る度に、はっきりと記憶が蘇った……その命を奪った瞬間が……。
それは痛みを通り越し、全身を引き裂かれる激痛に変わる。だが、歯を食いしばり十四郎は刀を握る手に力を込める……それは、ローボの言葉だった。
『ビアンカを見ろ』
そして、ビアンカの後ろには十四郎に全てを託す人々がいた。
「私はまだ……」
十四郎は刀を構える。そして、迫り来る亡霊を斬り裂き続けた……。
だが、亡霊達は何度でも蘇る……体力は無尽蔵ではない、最小限の力で亡霊を捻じ伏せてはいるが、次第に十四郎の動きは精彩を欠き始めた。
亡霊を倒す度に蘇る記憶は、十四郎の体力よりも精神を消耗させた。そして、十四郎より先にビアンカの方が耐えられなくなった。
「どうして十四郎ばかり苦しまなければならないの!?」
思わず老婆に向け、ビアンカが叫んだ。
「あの者が選びし事……」
老婆の言葉が終わらないうちに、ビアンカは素早く切っ先の鞘を懐に仕舞うと、揚羽を振りかざして十四郎の元に走った。だが、黒い影がビアンカを追い越す。
その後ろ姿は、剣を抜いたまま疾走するアウレーリアだった。
「全く……」
溜息交じりのローボだったが、既に走り出す態勢だった。
「まさか、あなたも行くの?」
呆れ声のライエカの横をアルフィンとシルフィーが風の様に駆け抜け、遅れてバビエカも飛ぶように走り去った。
「遅れたな」
ライエカの方を見て、ニヤリとしたローボは一言だけ言うと、稲妻の様に十四郎の元へ向かった。
「全くもう……」
ライエカもまた、ニヤリと老婆を見ると飛び去った。
「……何と言う事……」
老婆は唖然と見送るしか、出来なかった。




