アウレーリア
その場所は異様で不思議な光景で、十四郎達を迎えた。確かに山の麓に向かっていたはずなのに、気付くと山は目の前にそびえていた。それだけではない……断崖が行く手を阻む様に目前に迫り、そこにはまるで水さえ存在しないと思える程の、透明な湖があった。
湖には人一人がやっと立てる位の物凄く小さな島? の様な陸地が無数に存在し、その全てに多種多様な剣や槍が突き刺さっていた。
「何か、凄いですね」
十四郎は隣のローボに向かい、苦笑いした。
「……笑ってる場合か」
呆れた様に溜息交じりでローボは呟いた。
「あそこに番人がいる。望む剣を選べば試される……」
ライエカの話の途中なのに、スタスタとアウレーリアは番人の方に向かって歩いて行く。
「おい! 最後まで聞け!」
慌ててバビエカが呼び止めるが、そんな事はお構いなしにアウレーリアは歩いて行った。
「どうなるのですか?」
ビアンカは冷静にライエカに聞いた。
「選んだ剣が相応しいか、試される……それは、自ら最強と思う相手に勝つ事……」
ライエカの言葉と同時に、ビアンカの脳裏浮かんだのは……。
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番人は、長い白髪の老婆だった。見た事ない服、そして片手には背丈の倍以上ある大鎌を持っていた。
「剣を選べ……さすれば……」
老婆の言葉が終わらないうちにアウレーリアは湖に入り、一番近くの剣を引き抜いた。その剣は形状的にはバスターソードの様で、両手でも片手でも扱えそうな絶妙のサイズだった。
柄には美しい文様が彫られ、刀身には……逆さ十字の紋章が刻まれていた。アウレーリアが剣を手に取った瞬間、目の前に十四郎が現れた。
(選ぶ事さえなく、目の前剣を取るか……その者を倒せば、剣は汝の物……)
老婆の声が耳の奥に木霊すると、目の前の十四郎は、ゆっくりと刀を抜いて構えた。
「あれ?……アウレーリアの前にいるの、お前じゃないか?」
「確かに似てるような気がしますね」
目を見開くバビエカの横で、十四郎が苦笑いで頭を掻いた。
「……全く、このボンクラは……」
呆れるローボは、大きな溜息をついた。
「アウレーリアは、十四郎が最強だと思ってるのね……」
「ビアンカはどうなの?」
強い視線でアウレーリアを見たビアンカは呟き、シルフィーは首を傾げて優しく聞いた。
「私は……」
顔を上げ、ビアンカは想いを巡らせる。
「ねぇ、十四郎はどうなのよ」
今度はアルフィンが嬉しそうに十四郎を鼻で押した。
「私ですか? 私は、その……」
「似たもの同士だな……お前達」
口角を上げ、ローボは二人を見た。
「そうね……戦いに必要な剣を手に入れる為に来てるのに……あなた達は……」
少し笑ったライエカは、二人を交互に見た。そして、アウレーリアも選ぶ事さえせずに剣を取った事に気持ちが不思議な揺れ方をした。経験した事のない揺れは、ライエカを少し困惑させた。
「変わった奴等だろ」
ニヤリとローボが笑った。その笑みを見たライエカも自分では気付かないうちに、自然と笑顔になった。
「あなたでも、そんな笑い方するのね」
「何を言ってる……それより、始まるぞ」
照れた様に表情を強張らせたローボは、遠くアウレーリアの背中に視線を移した。
「でも、待ってくれ……」
「どうした?」
血の気の引いたバビエカが声を震わせると、ローボは強い視線を向けた。
「あの紅の獣王とか言う奴が魔法使いに化けて……アイツは傷を負わされた」
更に震えるバビエカが声は、十四郎達を茨の鎖で縛りつけた。
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「十四郎……」
呟いたアウレーリアは、下げた状態で片手に剣を持ったまま呟いた。十四郎は、正眼の構えのままアウレーリアを見据えていた。そして、その眼はアウレーリアが見た事も無い炎に包まれていた。
今まで対峙した十四郎の眼は悲しさと優しさに包まれていた……”敵対心?”そんなモノが強烈に伝わってくる。アウレーリアの胸の中は、冷たい氷の様なモノに強く包まれた。
その瞬間! 十四郎の姿が消える! だが、アウレーリアは十四郎の上段からの斬り下ろしを火花と轟音を散らして受け止めた。そして、超速の横薙ぎ! アウレーリアは寸前で躱すと後方へ飛び退く。
だが、着地の瞬間に十四郎の刀が肩口を襲った。剣を斜めで受け止め、そのまま受け流すと今度は更に超速の足元への斬り上げ! アウレーリアはまた後ろに飛んだ。
十四郎の攻撃を、アウレーリアは躱すばかりで攻撃に移らない。激しい火花と轟音だけが周囲に木霊した。
「いい加減にしろっ!! そいつは魔法使いじゃない!!」
思わずバビエカが叫ぶ。
「何だアイツ、まるで戦う気がない……剣は迷う事無く選んだのにな」
「アウレーリアの中にある十四郎の強さで向かって来る……このままだと……」
首を捻るローボの肩で、ライエカは真剣な眼差しになった。
「アウレーリア!! こっちを見てっ!! 十四郎はここに居るよ!!」
その大声はビアンカだった。今にも泣きそうなビアンカの顔……十四郎は、その横顔を優しく穏やかな表情で見詰めた。
その声にアウレーリアが一瞬十四郎を見るが、アウレーリアの表情も泣きそうな顔だった。
「十四郎!! 何とか言ってっ!!」
今度はビアンカが十四郎の肩を激しく揺すった。十四郎は苦笑いで、アウレーリアに向けて小さく手を振った。
「……ボンクラ……」
ローボは呆れ顔で、大きな溜息をついた。
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だが、十四郎が手を振るとアウレーリアの表情が変わった。一瞬、目を見開いたが直ぐに目前の十四郎を氷の様な美しい瞳で見据えた。
「……あなたは、誰ですか?」
アウレーリアの唇が、小さく動いた。その瞬間! 剣に刻まれた逆さ十字の紋章が、鈍く光を反射した。そこに十四郎の繰り出す神速の撃ち込み! だが、その凄まじい太刀筋は何もない空間で”ブンっ!!”と言う音だけを響かせるだけだった。
「アウレーリア!! 十四郎の強さはそんなモノじゃないっ!!」
叫ぶビアンカ! 十四郎は更に速度を上げ斬りかかるが、アウレーリアは最小限の動きで難なく躱した。最早、剣を合せる事さえない……既に寸前で見切っていた。
暫くの間、十四郎が繰り出す神速の刀を、アウレーリアは躱し続けた。
そして、十四郎の方から一旦距離を取った……アウレーリアは剣を両手で持つと、ゆっくりと左足を引く。そのまま、少し態勢を低くしながら剣を右側の小脇に抱える様に構えた。
一瞬だった。超高速でアウレーリアと十四郎が交差した次の瞬間! 十四郎の体が真っ二つになり、霧の様に消え去った。そして、アウレーリアはゆっくりと十四郎達のいる場所に戻る。
老婆はアウレーリアが近くに来ると、穏やかに微笑んだ。
「その剣は汝のモノ……」
そして、刀身と同じ様に逆さ十字のの彫刻が施された、銀色に輝く鞘を手渡した。小さく頷いたアウレーリアは、瞬間で鞘に納めると腰に携えた。
「アウレーリア……」
擦れ違い様、ビアンカが安堵の表情を浮かべるが、アウレーリアは一瞬ビアンカを見ただけで直ぐに十四郎の傍に寄り添った。十四郎は頭を掻きながら、苦笑いするしか出来なかった。
「落ち着け……」
当然、ビアンカは強くアウレーリアを睨むが、ローボはニヤリと笑ってビアンカの足元に来た。
「落ち着いてます」
フンと、ビアンカがソッポを向いた。
「次は汝じゃ……」
老婆がビアンカを見据える。
「はい……」
ビアンカは小さく深呼吸した。そして、ゆっくりと湖に向かって歩き出した。




