理由
「行くのか?」
まだ日が昇らない早朝、家を出た十四郎にアミラが声を掛ける。
「まだ、迷っています……」
十四郎は曖昧に微笑んだ。
「お前、もう帰って来ないつもりか?」
アミラは真剣な目で十四郎を見た。その言葉は、十四郎の胸を浅い角度から抉る。
「もう、心配を掛けたくはないのです」
「黙って行くと、メグが悲しむ。メグの兄もそうだった、あの子の傷は今も癒されてない。平気そうにしてるが、ケイトだって同じだ」
俯いたまま、アミラは声を震わせた。メグの笑顔が浮かぶ、その奥には悲しみを隠していたんだと思うと、切なさが込み上げる。何も言えない十四郎に溜息の後、アミラが続けた。
「一つ聞いていいか? 何故お前が行かなきゃならない? 何の関係がある?」
暫く考えた十四郎は、少し笑顔を見せた。
「確かに二人も母親も助けたいですけど、森に行けば沢山の薬草があります。多くの人々を助けられるかもしれません」
「それが理由か?……全く、他人の為に命を投げ出し、恩返しの為に全てを投げ出して戦う……お前はどうしてそこまでする?」
アミラは十四郎を見据える。
「どうして、ですかね?」
逆に聞く十四郎の顔には何の一片の曇りも無く、何だが自分の方が汚れている様に感じたアミラは苦笑いする。諦めにも似た、なんだか清々しい気分がアミラを包むと言葉は素直に出た。
「……行って思い通りにすればいい。だがな、必ず帰って来い。メグとケイトを悲しませたくなかったらな」
「分かりました。必ず戻って来ます」
顔を上げた十四郎は、はっきりとした口調でアミラに言う。尻尾をピンと立てたアミラは、大きく背伸びした。
「ああ、それと、アルフィンを連れて行け」
「とても危険は場所なんです」
「だからだよ」
少し強い視線でアミラは十四郎を見た。
「私も行きます」
話が聞こえたのか、小屋から出てきたアルフィンは穏やかな声で言った。
気持ちは嬉しいが、十四郎は首を横に振る。
「歩いて行くつもりか? 往復するだけで一週間は掛かるぜ」
アミラは更に強い視線を送る。
「しかし……」
ガリレウスやマルコスの言葉が十四郎の中に蘇る、想像を超えた危険が待っていると。
「私は十四郎の馬ですから」
アルフィンの目と声に迷いは無い、十四郎は笑顔で頷くと鞍の用意を始めた。
「十四郎、バスマット敷かないで下さいね」
用意する十四郎に、アルフィンも笑顔で言った。
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マルコスの小屋では双子が待っていた。その瞳には生気が無く、十四郎を見ても表情一つ変えなかった。
「お二人に、お願いがあります」
ココは十四郎の言葉に耳を傾けるが、リルは遠くを見ていた。
「今回は、人も動物も殺さないで下さい」
「無理だ」
直ぐにマルコスが否定するが、十四郎はお構い無しに続けた。
「出来ますね」
ココを見詰めた十四郎は、少し強く言う。
「分からない」
真っ直ぐ見つめ返し、ココは小さな声で言った。
「腕や脚を狙って下さい、それなら出来ますね」
少し表情を崩し、十四郎はココを見る。相変わらずリルは遠くを見ているが、視線を外すとこちらを見ている気がした。
「多分」
ココの表情がほんの少し変わった。
「生かすのは、殺す事より何倍も難しいのです。それが出来れば、あなた方はマルコス殿を超えられるでしょう」
十四郎は諭す様に、願う様に言葉を紡ぐ。ココはまた表情に変化が出るが、リルは十四郎の言葉に対しても反応を見せず、時々少しだが首を傾げた。
「二人を頼む」
急にマルコスが頭を下げる、その姿は十四郎の胸に届く。笑顔で頷いた十四郎を見て、マルコスの中に芽生えたモノがあった。それは、とても小さくて、ボンやりしてはいるが、きっと……希望に近いモノかもしれない。




