ただのサムライ
対峙したビカンカに、不思議な感覚が宿る。見た事も無い風体、穏やかな面持ち、背格好もビアンカとさほど変わらない……兵士達の話とは程遠く感じた。
「試してみる……」
呟いたビアンカは、剣を抜くと同時に十四郎の胸を突いた。剣先が、ほんの少し刺さる加減のはずが、剣の先端は宙を貫く。
十四郎はビアンカの容姿には惑わされていなかった。最初の一突きで、ビアンカの真意を予見し、瞬時に対応を組み立てる。何千何万と繰り返し鍛錬した身体には、深く染み付いた”技”だった。
疾風の様な突き、瞬時に後では避けれないと判断すると咄嗟に左に飛び、そのまま横方向に抜刀した。無論、致命傷を狙う為でななく、距離を取る為だった。
剣が宙を舞った瞬間、右からの強烈なプレッシャー。ビアンカは刹那、空気を切り裂く気配を読み取り後に引いた。目前には横一閃の刀の残像、同時に走る背筋の悪寒に包まれる。
「どうやら、試す暇などないな」
笑みが零れる。剣を握り直すと、一度開けた間合いを神速のダッシュで詰め、目にも止まらぬ速さで剣を打ち込んだ。しかし、何とも言えない違和感がビアンカにはあった。
今まで戦った男達とは何かが決定的違う……剣を打ち込みながらも思考は巡った。
そして、ある事に気付いた……それは血走り、殺気立ち、怒りにも似た男達の目ではなく、優しく慈愛に満ちた目なのだと。
片手剣の動きは速い。しかし、十四郎は最低限の動きで刀の向きと角度を変え、超速の剣を受けながらビアンカの速さと技量を推し量る。
両手で持つ剣は、クレイモアやファルシオンなどの大型大重量の剣であって、見た所サーベル程度の剣を両手で持つ意味がビアンカには分からなかった。しかし、自分の高速レイピアの動きでさえ、その剣で簡単に受けている事実は困惑を齎す。
打ち込んでいるのはビアンカだったが、相手が反撃に出た場合のイメージが湧かない。まるで稽古台を相手にしている様な異質な相手に、ビアンカは次第にペースを乱し始めた。
剣の動きと速さは読めた。速さは間合いに関係ないと悟ると、十四郎は勝負に出る。それまで受け流していた剣を、力を込めて打ち払う。弾かれたビアンカの剣は大きく空に向き、一瞬懐が開く。しかし、十四郎は素早く距離を取った。
突然、十四郎の刀が重く圧し掛かり、ビアンカは剣を上に弾かれる。反撃はその体制から飛び込んで来た十四郎を上段から……しかし、コンマの世界、ビアンカは下がる十四郎を視界に即転写した。
一度下がると刀を納め、低い体勢取る十四郎。左手を鯉口に添えると親指で鯉口を切り、右手でそっと柄を握る。
来る! 瞬時の決断。ビアンカは先に出るが、剣を構えない十四郎に距離感が掴めない。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで抜刀した剣先が、ビアンカに迫る。刀の動きの察知は出来ても、近すぎた間合いは反応の速度を凌駕した。
大空に響き渡る金属音。ビアンカは胸の付近の激痛に顔を歪めるが、斬られた感覚は無いかった。
十四朗は抜刀の際、鯉口を左に傾け手首を返さず横に薙ぎ払い、刀は横腹でビアンカを打つ形となった。鎧が無ければ、ビアンカの肋骨は簡単に折れていただろうと推測は付く。
そして十四郎は鎧の打つ場所を見定め、横方行には弱い刀の強度を計算に入れて、鎧に滑らせる様に刀を振っていたのだった。
「そこまでだ」
「まだ決着が……」
「もうよい」
苦痛に顔を歪めるビアンカにザインは穏やかな声を掛け、今度は十四郎を見据えた。
「何故斬らない?……」
「二人を助ける為に一人の命を奪うのであれば、二人を助けた意味がありません。私は今まで、その様な行いを繰り返してきました。もう……沢山です……それに、お相手の方も同じ考えの御様子でした」
ザインの目を真っ直ぐに見て、十四郎は言った。ザインは全てを悟り頷くが、ビアンカは真意を簡単に見抜かれていた事に愕然としながらも、頭の半分では違う事を考えていた。
この気持ちの揺らめきは何なんだろう、と……。
「あの技は何と言う?」
「抜刀術と申します。本来、相手と近い間合いでは不利な鞘に収まった刀で、短刀を持った素早い相手に如何に勝つか? と言うところから始まりました。しかし、この度はお相手の素早い打ち込みを鑑みて、間合い、つまり距離を惑わすという愚策にて使用しました」
ザインの問いに、十四郎が一礼と共に答えた。
「ほう、あれが愚策か……それよりどうだ、近衛騎士団に入るつもりはないか?」
「私は、二人の御容赦だけを望みます」
「約束だったな……ところで、名は?」
ザインは何度目かの笑いを、十四郎に向けた。
「柏木十四郎と申します」
「あんたいったい何者なんだ?」
愕然と呟くアミラに、十四郎は優しく微笑んだ。
「私はお粗末な、ただのサムライですよ」




