そこから先に
「モネコストロの魔法使い……全く動きが読めんな……」
玉座に頬杖を付き、エイブラハムは不機嫌そうに言った。魔法使いに関する数々の報告は到底予測は不可能で、その先行きは混沌としていた。
「陛下、我がエスペリアムは、このまま中立を維持出来ますでしょうか?」
穏やかな微笑みを浮かべたまま、大司教フェリペはエイブラハムを見た。
「パルノーバが落ちた今なら、イタストロア侵攻は容易かと……」
その横で騎士長のアレックスは、鋭い視線を向けた。
「確かにイタストロアはアルマンニに従い、フランクルとモネコストロに進行中だ……隙はあるかもしれん」
頬杖を付いたまま、エイブラハムは静かに呟いた。
「我が国の存続する為には、中立しかありません。侵攻で得る領土と引き換えに、多くの民を失うのです」
静かな表情で、フェリペはアレックスを見た。
「しかし、フェリペ様……」
「侵攻と中立……か……」
アレックスの言葉を遮り、エイブラハムは目を閉じて呟いた。
「狐の知恵と獅子の勇気。そして、貝の辛抱……我が国は今まで耐え忍んで参りました……存続する事が如何に難しく厳しい道のりではありますが……」
俯いたフェリペは、小刻みに震えた。その姿はアレックスの次の言葉を奪い、エイブラハムの意思を揺らせた。
「……もう少し、様子を見る」
エイブラハムは立ち上がると、背中で呟き玉座を後にした。
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「七子様……」
報告しようとするドライを制し、七子は薄笑みを浮かべた。
「このままフランクルに全力を向ける……」
「お言葉ですが、寝返った諸侯は半分を越えた程度で、王もまだ健在です。魔法使いの築城も進行が気になります」
気持ちには焦りがあるが、ドライは無表情で言った。
「一気にフランクルを落とせば、迷う者など直ぐに寝返る……十四郎が動かない今こそが好機なのだ」
笑みを浮かべたまま、七子はドライを見た。
「魔法使いの城を魔物が攻めている模様です」
「魔物だと?」
ドライは真っ先に報告したかった内容を、やっと言えた。七子は”魔物”と言う言葉を聞いても笑みを崩さなかった。
「アウレーリアが奪った魔剣を取り戻す為に……」
「そうか……」
七子は一言だけ言って、背中を向けた。
「如何致しますか?」
「何もしなくていい……ミランダ砦の包囲を徹底させろ……但し、手は出すな」
「御意……」
頭を下げるドライは、口角を上げた。
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「そう言う事だ」
状況を説明したルーは、不機嫌そうに言った。だが、事と次第を聞かされたロメオ達は、平然としていて笑みさえ浮かべていた。
「何故笑う?」
「いえ、十四郎殿らしいと……」
睨むルーにロメオは更に微笑み、他の者達も笑みを浮かべていた。
「十四郎は、お前達のっ!……」
叫ぼうとしたルーも、何故が途中で脱力感に包まれた。脳裏には十四郎の笑顔が浮かんで、白い雲の隙間に消えた。
「あなたの状況報告の仕事は終わりですね」
「いいのか?」
ロメオは笑顔のまま言った。一瞬、目を見開いたルーは一応聞き返した。
「はい。此処は大丈夫です」
ロメオの言葉と同時に、ルーは駆け出した。その先思考の先には、十四郎やビアンカが居た……。
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アウレーリアはバビエカをアルフィンに寄せる。直ぐにビアンカはシルフィーに言って、反対側に寄せた。三頭は肩を並べて進み、真ん中のアルフィンは困惑した。
「何か歩きにくいなぁ……」
首を捻って十四郎を見るアルフィンに、十四郎は苦笑いした。
「全く緊迫感が無いね」
「知るか……」
ライエカは溜息交じりに言うが、ローボはフンっと鼻を鳴らした。
「聖剣は、そう簡単に手に入らないんだけど……」
「だから、知るか……」
更に溜息を付くライエカの横で、ローボも溜息を付いた。
「ライエカ殿……その、遠いのでしょうか?」
困った顔の十四郎が聞くが、ライエカは十四郎の困った顔に噴き出してしまった。
「遠いに決まってるじゃない」
わざと意地悪そうにライエカが言うと、十四郎の顔から血の気が引いた。
「どの、くらいですか?」
十四郎の声は微かに震えていた。
「それは望む者次第」
「えっ?」
ライエカはニヤリと笑い、十四郎はポカンとした顔でローボを見た。
「言葉通りだ……望むのか?」
「……はい」
一瞬の間を空け、十四郎はしっかりした口調で言った。
「望む……」
アウレーリアは蕾の様な口元から言葉を漏らし、上目遣いに十四郎を見た。
「私も望みます!」
金色に輝く髪を振り乱し、ビアンカは叫んで十四郎を見た。
「……そう……それなら……」
ライエカが向く方向に、突然険しい山脈が現れる。それはとても不思議な光景だった……麓は春の様に花々が咲き乱れ、頂きには雪の冠を抱いていた。
「ほら、着いたぞ」
振り向いたローボは、牙を光らせた。
「さあ、行きましょう」
十四郎が合図すると、アルフィンが駆け出す。勿論、シルフィーもバビエカも直ぐに後を追う。
「さて、どうなるか」
ローボの肩にとまったライエカが呟くと、ローボは十四郎の背中を見詰めて力強く言った。
「十四郎は成し遂げる」
そして、全力で十四郎達を追った。
第四章 完
第五章をお楽しみに! 更に十四郎達の冒険は続きます。




