信じること
右手だけだが、十四郎の打ち込みは強烈だった。受け流せすと、今度は下方から左手の一撃!が襲い掛かった。
アウレーリアは、今までに経験した事の無い感じで十四郎の刀を受けていた。今まで、剣を振う事は息をするのと同じ感覚で、戦いの中で相手の命を奪う事でさえ全く何も感じなかったから……。
だが、十四郎の刀を受ける度に受ける腕の衝撃より、胸の痛みの方が強かった。そして、十四郎と戦う為に手に入れたはずの剣が、不快で堪らなかった。
自問しても答えはなく、近くで見る十四郎の顔だけが霞んで見えた。そして、バビエカの言葉が何度も耳の奥で木霊する……”信じるんだ”。
”信じる”……言葉の意味は分かってもアウレーリアには未知の感覚であり、混乱するばかりだった。それは、動きにダイレクトに伝わって、アウレーリアの戦いを知るバビエカには目を疑う光景だった。
「何してる! それがお前の答えかっ!!」
「答え……分からない……」
十四郎の刀を力無く受けながら、アウレーリアは呟いた。
「信じるって事はなっ! 思い切りやればいいんだよっ!!」
「えっ……」
バビエカの叫びは、アウレーリアの中に燻る霧を晴れさせた。
「動きが良くなった……凄いねバビエカ」
「そんな事はないが……」
アルフィンに褒められて、バビエカは赤くなった。
「よく知ってるのね、アウレーリアの事」
「知ってる訳じゃない」
シルフィーの優しい言葉に、バビエカは更に赤面した。
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アウレーリアのの様子を見て、微笑んだ十四郎は改めて刀を構えた。そして、今度は二刀を最上段に構え左足を少し引いた。
アウレーリアも剣を両手で持つと、大きく上段に構える。見ている者全てが息を飲む、しかし、向かい合う二人はとても穏やかに見えた。だが、ビアンカだけは強烈な胸の痛みと戦っていた。
「今は耐えろ……十四郎は誰でも分け隔てなく救うんだ」
「そんなの……分かってる」
ルーの言葉を背中で受けたビアンカの顔は、今にも泣きそうだった。だが、その顔は次の瞬間、驚きに変わった。
一瞬、動いたかの様に見えた十四郎とアウレーリアの位置が猛烈な閃光の後、瞬間に入れ替わっていたのだった……しかも轟音が、一瞬後から周囲に響き渡った。
「見えたか?」
「見えるわけないでしょ」
口元を緩めるローボの問いに、ライエカは呆れた様に言った。
「一撃であれだ」
「確かに十四郎の剣は、持ちそうにないかも……」
ローボは明らかに刃こぼれする十四郎の二本の刀を見て呟き、ライエカは急に真剣な顔になった。
「大丈夫、十四郎は斬るから」
二人が振り向くと、そこには泣きそうなままだが、強く十四郎を見詰めるビアンカの姿があった。そして、十四郎とアウレーリアは数度、互いに打ち込み合った。周囲には轟音と閃光の余波が漂う。
十四郎の穏やかな表情が消えた。その瞬間! 更に激しい閃光と轟音が空を突き抜けた。
「……ふぅ」
十四郎は両手の刀を見る。すると、二つの刀は真っ二つになって地面に落ちた。
「ダメだったか……」
ローボが呟くと同時に、アウレーリアの剣も真っ二つになった。そして、アウレーリアの離れなかった右手から、そっと離れて地面に落ちた。
「そんな……まさか……」
紅の獣王は、目を見開いて呟いた。
「あれが、十四郎だ」
ルーは紅の獣王を見据え、凛として言った。そして、紅の獣王はただ茫然と立ち竦んで動かなかった。
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「結局、三本とも折れちゃたね」
「ビアンカとアウレーリアの剣はなんとかなるが、十四郎の剣は普通と違うからな……おい、傷を見せてみろ」
溜息を付くライエカにローボは意味ありげに言うと、アウレーリアを呼んだ。肩口からの傷は深くなく、ローボは光で手当てした。
「お前でも血が出るんだな」
「……」
ローボの言葉にアウレーリアは答えず、十四郎の方ばかり見ていた。
「さて……」
ライエカは更に大きな溜息を付くと、十四郎の肩に飛んだ。
「十四郎。この世界の剣は使いにくい?」
「えっ、まあ……この形に慣れてますから……それに、リズ殿が苦労して手に入れてくれましたし」
十四郎は折れた両手の刀を見ながら、少し寂しそうに言った。
「直せるかもしれない……しかも、更に強く出来る」
「それは、ライエカ殿……」
俯く十四郎の顔が急に深刻になった。
「勘違いしないで。ある場所に聖剣があるの、そこに行けば……」
「また行くのか? 城の修復も途中だぞ」
ライエカの言葉を遮り、ローボが溜息を付いた。
「じゃ、これから先はずっと素手で戦うの? 十四郎はこの世界の剣じゃ十分戦えないのよ!」
ローボに向かって、ライエカは真っ赤になった。
「まあ、お二人とも」
苦笑いの十四郎が間に入った。
「十四郎……行って」
ビアンカが最初に促すが、アウレーリアも小さな声で言った。
「行って……」
「しかしですね」
困惑する十四郎だったが、ライエカは声を正した。
「あなたには皆を守る義務がある。素手では誰も守れない……」
ライエカは十四郎を見据えた後、ビアンカとアウレーリアに視線を移した。
「お二人さん、十四郎を守る為の聖剣が欲しい?。でも、それには”選ばれる”必要はあるけどね」
「行く」
「私も行きます!」
一瞬早くアウレーリアが言うと、ビアンカも直ぐに声を上げた。
「もう勝手にしろ……で、お前はどうなんだ?」
呆れた様にローボは言うが、直ぐに十四郎を見据えた。
「ありますよね……義務」
十四郎は穏やかに笑った。
「父上、私もビアンカの護衛に……」
「私が行く。お前には留守にする城の警護を任せる」
ルーが言い掛けた時、ローボは間髪入れずに行った。
「あなたも、行きたいんじゃない」
そんなローボを見て、ライエカは嬉しそうに笑った。ルーはダラリと耳を下げ、大きく溜息をついた。
「で、あいつどうするの?」
まだ、立ち竦んでいる紅の獣王を見て、ライエカが聞いた。
「フン、ほっとけ」
ローボは意味ありげに口角を上げた。




