不利
十四郎はアウレーリアと正対すると、左足を前に出し、刀を持った右手を耳の辺りまで上げて、左手を軽く添えるという八相に似た構えを取った。そして、更に刀を高く構えると一気に斬りかかった。
その斬撃は凄まじく、刀の刃を体の外側に向けて置き、捻り気味に打ち下ろす。腕の力と体の捻り、そして体重の乗った一撃は受け流そうとしたアウレーリアの魔剣を轟音と猛烈な火花で弾き飛ばした。
しかし、十四郎は瞬時に後退すると刀を高く構えた。
「何だ? 今の一撃は……」
「まるで斧で大木を斬ってるみたい……」
目を見張るローボだったが、ライエカも驚きの声を上げた。
「あれなら魔剣を斬れるのですか父親?」
強い視線でルーは聞くが、ローボは十四郎の刀を見た。
「見ろ……あれでは十四郎の剣が先に……」
高く構える十四郎の刀には、数か所の刃こぼれがあった。だが、一番驚いているのはビアンカだった。紅の獣王を圧倒していながら、ビアンカは動きを止めた。
「ビアンカ! 何をしている! 前を見ろ!」
慌ててルーが叫ぶが、ビアンカは微動だにしなかった。
「まさかな……」
ローボが呟いた瞬間! ビアンカは自分の刀を十四郎に投げた。受け取った十四郎は、溜息を付きながら、ビアンカを見た。
「ビアンカ殿……」
「使って」
そう言うと、ビアンカは紅の獣王に向き直った。
「素手だと?……」
苦痛に顔を歪める紅の獣王は、怒りに体を震わせた。
「十四郎、使え……」
ローボはそう言うと、ビアンカの方に行こうとするが、ルーが先に飛び出してビアンカの足元に行った。口元緩めたローボは、小さく溜息をついた。
「いいの?」
「ああ……」
ライエカの問いにローボはキラリと、牙を見せた。
____________________
「ルー……」
泣きそうな顔のビアンカがルーを見下ろすと、ルーは穏やかに言った。
「お前は十四郎と同じだな……無茶苦茶だ……」
「何故だ? 何故人などに味方する?」
物凄い形相で紅の獣王がルーを睨んだ。ルーはビアンカに向けた穏やかな表情から、一転牙を剥いて紅の獣王を睨み付けた。
「魔物如きに話す理由はない」
ビアンカの前に庇う様に立ちはだかり、ルーは低く構える。
「お前がワタシに敵うとでも?」
ビアンカから受けたダメージは抜けないが、紅の獣王は爪を伸ばして身構えた。その瞬間にルーは突進しすると、すれ違い様に一撃を加えた。当然、紅の獣王は爪で応戦するが身を翻して避けるルーには届かなかった。
肩口から血飛沫が舞う! 間髪入れずにルーは急旋回すると次の攻撃に入った。今度は膝の辺りから血が飛び散ると、紅の獣王は片膝を付いた。
「中々速いね」
「フン、ビアンカが弱らせたからだ」
笑みを浮かべるライエカだったが、ぶっきらぼうにローボは呟いた。
「そう? 若い時のあなたみたい……」
「……」
ローボは黙ったまま、ルーから視線を逸らせた。
「お前などに……」
怒りの言葉を絞り出し、紅の獣王は物凄い形相でルーを睨み付ける。そんな事などお構いなしに、ルーは攻撃を繰り返す。最早、紅の獣王は防戦一方であり、次第に抵抗は少なくなって行った。
次第にルーは攻撃のテンポを上げて行った。前後左右からの研ぎ澄まされた攻撃に、紅の獣王は両膝を付いて顔を俯かせた。
一旦距離を取ったルーは、前足を縮めると後ろ足で思い切り地面を蹴った。最後の一撃は紅の獣王の喉笛を目掛けていた。だが、その瞬間にビアンカの叫びがルーの動きを止めた。
「止めてルー!!」
「何故だ? もうコイツは終わりなんだぞ」
「お願い……」
泣きそうなビアンカの顔を見ると、ルーの闘気は一気に冷めた。
「……何故……止めた……」
顔を上げた紅の獣王は、ビアンカを睨み付けた。
「……十四郎が悲しむから……」
そう言うと、ビアンカは悲しそうな顔のまま十四郎の背中に視線を移した。
_______________
ビアンカの刀を腰に差すと、十四郎は自分の刀を右手に持ち、ビアンカの刀を左手に持って構えた。
『どうする? お前の剣は刃がこぼれ、ビアンカの剣で魔剣に対抗は無理だぞ』
「その様ですね」
脳裏に届くローボの言葉を、十四郎は素直に認めた。だが、構える十四郎の背中には悲壮感など微塵も無かった。
「ビアンカの剣は、相手の命を奪わない様にしただけよ。十四郎はどうする気なの?」
「知るか」
ライエカは首を捻るが、ローボは何故か嬉しそうだった。
「何笑ってるのよ?」
「あいつは何かやる気だ。まあ、見てろ」
羽根をバタバタさせるライエカを尻目に、ローボは牙を光らせた。
「アウレーリア殿、行きます……」
十四郎は右手の刀を頭より高く構え、左手の刀を中段に構える。アウレーリアは戸惑いを隠せず、暴れる魔剣を押さえようとしていた。
「魔法使いに任せろ! 信じるんだ!!」
「えっ?……」
怒鳴るバビエカの声に、アウレーリアは困惑した。
「そうだよ! 十四郎が助けてくれるから!」
アルフィンの言葉が、アウレーリアの胸の中を熱くした。そして、目の前の十四郎の穏やかで優しい微笑み。
「はい……」
小さく返事したアウレーリアは自然に剣を構える事が出来た。
「……」
正対して構える十四郎とアウレーリア。十四郎はアウレーリアを助けようとしている……圧倒手に不利な状況の中でも。その十四郎の姿は、ビアンカの胸を穏やかだが強く強く締め付けた。




