意思
「行きます」
振り向いたアウレーリアに向かい低い体勢で構えたまま、十四郎は言った。アウレーリアは十四郎の言葉を受けて構えるが、魔物達に見せていた”殺気”は明らかに無かった。
「その剣は魔法使いと戦う為に手に入れたんだろっ!!」
バビエカは我慢出来ずに叫んだ。だが、アウレーリアの様子には変化は無く、困惑と動揺に包まれているのは明らかだった。
十四郎はアウレーリアと正対すると、構わず斬りかかった。その太刀筋は、受けたアウレーリアの腕に激しく伝わった。軽い痺れの様な感覚……そこには十四郎の意図が確かに感じられたが、アウレーリアはどう答えていいか分からなかった。
「どうしたっ!? お前が望んでいたことだろっ!」
更にバビエカが叫ぶが、アウレーリアは反撃せずに後退する。しかし、十四郎は太刀筋を緩める事はなく、超高速で間を詰めた。受け流すアウレーリアの剣が、十四郎の刀を受けると激しい火花を散らした。
「十四郎はダメっ!」
アウレーリアの叫びが周囲に響き、剣を地面に突き刺した。だが、剣は勝手に地面から抜けると十四郎に襲い掛かろうとする。アウレーリアは、全身に力を込めて、剣を十四郎に向けない様にしていた。
「あの剣は戦いたいみたい……でも、アウレーリアが拒んでいる」
「全く、何の為に苦労して……だが、どうして?……」
呟くアルフィンの声が遠くに聞こえ、バビエカの脳裏に剣を手に入れた時のアウレーリアの姿が蘇った。そこには慈悲や躊躇いなど全く存在しないアウレーリアの姿があった。
「多分……必死だった……少しでも、十四郎の傍にいたくて……」
「そう、なのか?……」
アルフィンの言葉が胸に響くと、バビエカは力無く呟いた。
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アウレーリアの叫びは、ビアンカの胸に突き刺さる。その痛みは、どんな痛みより鋭くビアンカに傷を残した。
「お前達……」
同時に違う意味で紅の獣王の胸も貫き、自分を置き去りにした行為に怒りで体を震わせた。そして、爪を最大に伸ばした瞬間! ビアンカに襲い掛かった。
悲しそうな瞳のビアンカが、瞬時にその鋭い爪を火花を散らして受け止める。その力は、紅の獣王を体ごと後方に吹き飛ばした。
「人の分際で!」
紅の獣王が叫んだ瞬間! ビアンカの刀が右肩に食い込んだ。激痛は更なる怒りを増幅させ、ビアンカの顔を目掛け爪を横薙ぎするが、ビアンカは更に間合いを詰めると左肩を打ち抜いた。
「くっ……」
両腕の力が根こそぎ抜ける! 歯を食いしばりビアンカを睨む。だが、今度は脇腹に一閃! 咄嗟に後退して避けようとするが、刀の切っ先が脇腹を捉えた。
体の自由が霧の様に抜け片膝を地面に付けるが、紅の獣王は激しい視線を逸らさなかった。
「ビアンカ……今は耐えて……」
「耐える? 何をだ?」
傍に来たシルフィーが呟くと、バビエカは強い視線を向けた。
「とても辛いこと……」
「分からん。いったい何なんだ?」
「見て……ビアンカの顔」
シルフィーは悲しそうに、ビアンカを見た。そこには、今にも泣きそうなビアンカがいた。
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「相手の力を利用し、相乗効果を狙う……それしか方法はない……けど、相手があれじゃ無理かもね」
ライエカは、消極的なアウレーリアの戦いに溜息を付いた。
「アウレーリアが渾身の力でくれば、十四郎も最大の力でぶつかる……それで、あの魔剣は折れるのか?」
二人から視線を外さないまま、ローボが呟いた。
「多分ね……でも……このままじゃ、アウレーリアの意志とは関係なく魔剣は……十四郎を……」
ライエカは決心した様に、静かに言った。
「父上! 私が気を逸らせます! その隙にっ!」
叫んだルーが飛び出そうとした瞬間、ローボが行く手を阻んだ。
「心配ない」
静かな声は、ルーの興奮を瞬時に沈めた。
「しかし……」
「そうよ、心配ない……」
今度はライエカが飛び立とうとするが、ローボは穏やかに制した。
「それは、十四郎が望まないだろう」
「望む、望まないじゃない……分かるでしょ? 十四郎を失っていいの?」
俯くライエカを見たローボは、背筋を伸ばした。
「あいつは、そんな事は考えていない」
「なら、何を考えてるの?」
ローボの言葉に、ライエカは首を捻った。
「あいつは、他人の力など当てにしてはいない」
「前にも言ったでしょ。十四郎の剣と魔剣では力の差があり過ぎる……幾ら頑張っても、出来ない事は出来ない」
薄笑みを浮かべたローボを、ライエカは目を逸らしながら視線の隅で見た。
「なら、見て見ろ……あいつは誰にも頼らず、自分の力だけで戦っている」
「しかし、父上……」
それでも食い下がるルーに、ローボは呟く……ライエカを見詰めながら。
「もう少し……あいつの好きにさせてやろうじゃないか」
「……分かった……でも、その時がきたら……止めないでね」
「ああ……」
ライエカの言葉に、ローボは小さく頷いた。




