魔剣
ビアンカとアウレーリアの戦いは、完全に周囲を置き去りにしている状況は続いていた。取り囲む魔物達は、挑みかければ一瞬で斬り伏せられる状況に金縛りのままだった。
そんな状況が暫く続く中、紅の獣王は突然我に返った。それは、穏やかな表情でビアンカとアウレーリアを見詰める十四郎の存在だった。
目の前で神の様に戦う二人は十四郎の為に戦っているのか?……それとも、奪い合っているのか?……直ぐに察しは付いた……後者だと。ならば、屈辱を晴らすには方法は一つしかない。
紅の獣王は爪を最大に伸ばすと、十四郎に襲い掛かった。
「十四郎!」
アルフィンは前足で落ちていた十四郎の刀を蹴り上げた。
「すみません」
受け取った十四郎に、紅の獣王が襲い掛かる。受け取ったとは言え、鞘に収まったままの剣で何が出来る。しかし、剣の様に鋭利な詰めが十四郎に届く瞬間、爪は弾き飛ばされた。
「何だと!」
咄嗟に後ろに下がった紅の獣王は、十四郎の構えに目をやった。低い体勢で刀の柄に右手を添え、涼しい眼差しで紅の獣王を見据えていたのだった。
「一瞬で剣を抜いて……収めた、だと?」
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目前に戦うビアンカの姿が映った。ルーは、その相手がアウレーリアだと確認すると、猛然と加速した。
「止まりなさいっ!!」
ライエカの声が激突したルーは、思わず急ブレーキを掛ける。
「何だ?!」
「いい子ね……ルー」
微笑むライエカに、ルーが怒鳴った。
「ライエカ! ビアンカを止めるんだ! 領域を超えてしまう!」
「ほう、互角に戦っているな」
「ち、父上……止めないと、ビアンカが!」
そこには白銀に輝くローボの姿があったが、思わずルーは叫んでしまった。
『ローボ殿、ビアンカ殿に何か?』
間髪入れず、十四郎の声がローボの脳裏に響いた。
『ビアンカは妖精を見た。それは、神の領域に入るかもしれないと言う事だ』
『それは、強くなると言う事ですか?』
ローボの説明を受けた十四郎には、その意味が分からなかった。
『確かに強くなるな……なんせ神だ……強さも命も……時間さえ、思いのままだ』
『それは……』
『そうだ。同じ時は歩めなくなると言う事だ』
『止める、べきですか?』
『それは、ビアンカ自身で決める事だ……が、お前次第だ』
ローボの言葉が、十四郎の胸に突き刺さった。
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「アウレーリアの剣が暴れ出したみたいね」
肩に止まったライエカが呟くと、ローボの脳裏にアウレーリアの姿がフラッシュバックした。
「そう言えば、前の戦いでも途中で捨ててたな」
「そう言う事か……」
首を傾げるライエカに、ローボは鋭い視線を向けた。
「アウレーリアでも扱えないって事か?」
「あの剣は血に飢えてる……アウレーリアが望まなくても、剣は命を奪う」
呟いたライエカの目前で、次第にビアンカを圧倒し出したアウレーリアの瞳に炎の様な影が浮き沈みしていた。
『どうなりますか?』
「このままでは二人とも、一線を越えるかも」
押し殺した十四郎の声がライエカの脳裏に届いた。正直にライエカが答えた瞬間、十四郎は紅の獣王の前から、二人の間に飛び込んだ。アウレーリアの剣を瞬間抜刀で受けると、ビアンカに囁いた。
「ビアンカ殿。あちらの相手を、お願いします」
「……でも」
真剣な十四郎の横顔に、ビアンカは眉を下げた。だが、振り向いた十四郎の顔は真剣だった。
「お願いします」
「分かった……」
ビアンカは、その場から素早く紅の獣王の前に向かった。
「お前……」
「今度は私が相手……」
刀を構えるビアンカの姿が十四郎にダブり、紅の獣王は唇を噛み締めた。
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「十四郎の剣で、あの剣に太刀打ち出来るのか?」
「普通は無理なのよね……魔の力が違い過ぎる……でも」
ローボの問いに、ライエカは少し笑った。
「何だ?」
「何故かしら……期待してしまう」
「そうだな……」
ライエカの言葉に納得した様に、ローボも口角を上げた。
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「十四郎……」
アウレーリアの瞳から炎は消えるが、十四郎は強い視線で言った。
「アウレーリア殿、その剣は危険です。直ぐに……」
だが、言葉の終わらないうちに、十四郎目掛けて剣は振り下ろされた。瞬間! 下側からアウレーリアの剣を斬り上げると、轟音と物凄い火花が飛び散る。しかも、十四郎はその体制の途中で後方に飛び下がっていた。
「……剣が……」
剣の柄はアウレーリアの手に絡み付いていた。
「大丈夫ですよ」
穏やかな表情で一旦刀を仕舞うと、十四郎は柄に右手を添え膝を折り低い体勢で構えた。アウレーリアは剣を剥がそうと試みるが、激痛に顔を歪めた。
「……」
アウレーリアは意識を集中すると、大きく息を吐いた。そして、十四郎に背中を向ける……だが、十四郎はその背中に語り掛けた。
「アウレーリア殿、その剣は危険です」
「どう、するんですか?……」
アウレーリアは背中で呟いた。
「斬ります」
十四郎は強く、しっかりとした口調で言った。