紅の獣王
「皆さんは城壁の中で待機して下さい」
「十四郎殿と……アウレーリアだけで行くのですか?」
笑顔の十四郎の言葉にマリオは唖然と言った。
「はい」
「しかし……」
実際に魔物など見た事はないが、目撃や被害などはマリオも知っていた。それは、未知の存在に対する畏怖でもあった。
「城の防御を固める。なんせこの城は城門さえ無いのだからな」
マリオの肩を、ロメオが叩いた。
「我らは行くぞ」
鼻息も荒くラディウスは言い放ち、他の剣闘士も武器を手に十四郎に迫った。
「すみません。これは、アウレーリア殿が魔物の剣を奪った為ですから」
「そんなのは関係ない。我らの城を襲うのなら……」
「城を襲う訳ではない。魔物の目的は、あの剣だ……まあ、素直に剣を返しても収まらないだろうがな」
他人事の様にロメオは言うが、マリオもラディウスも収まらない。だが、目を伏せていたアウレーリアが氷の瞳で見詰めると二人は言葉を発する事が出来なかった。
明らかにアウレーリアの瞳は、十四郎と二人きりなのを邪魔される事に対しての”怒り”だった。
「アウレーリアが睨んでる。訳は分かるな、十四郎殿と二人きりを邪魔するなと言ってるのだ」
見抜いているロメオは、マリオとラディウスに言った。そして、その目は真剣だった。マリオとラディウスは目を伏せ何も言わなかったが、圧倒的なアウレーリアの”気”が言葉を失わせた。
「お二人とも、感謝致します」
十四郎は頭を下げた。その少ない言葉の中は心からの感謝が詰まっており、マリオとラディウスに確かに届いた。
「それでは、十四郎殿。我々は城門の警護に当たります……死傷者は出しません」
「お願い致します」
背筋を伸ばすロメオに向かい、十四郎は深々と頭を下げると場外に出て行った。アウレーリアは直ぐに後を追うが、その横顔には微かな笑みを浮かべていた。
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城の外は伐採が進み、切り開かれた森は平原の様になったいた。ロメオの提案で、切り株は敢えて残し、敵の人馬の進行を食い止める”楔”としていた。
前を歩く十四郎の少し後ろを、アウレーリアは黙って付いて行く。
「待ってよ、十四郎!」
走って来たアルフィンが十四郎に寄り添った。
「アルフィン殿、城内で待ってて下さい」
笑顔を浮かべる十四郎の顔を、アルフィンは真剣に見た。
「……物凄い悪意が来てる……それも、凄い数」
「ええ、魔物が来てる様ですね」
十四郎は普通に言うが、遅れて来たバビエカが強い視線で十四郎を見た。
「奴らの宝物を奪ったんだ、当然だ。しかも、コイツは魔物達を容赦なく真っ二つにしたからな……」
バビエカの押し殺す声にも、アウレーリアは全く表情を変えなかった。十四郎は、バビエカの話を苦笑いで聞いていが、バビエカは声を荒げた。
「どうするつもりだ? 押し寄せる魔物共を叩き斬るのか?」
「出来れば、話し合いで……」
頭を掻きながら言う十四郎に、バビエカは低い声で言った。
「お前、正気か? 相手は魔物だぞ」
「そいつの言う通りだ」
十四郎達の目前にローボが姿を現した。
「ローボ殿……」
「魔物に話が通じる事はない。奴らは悪意そのものだ……生き物の持つ”負”と“邪心”こそが奴らだ……目的は魔剣を取り戻し、お前達を皆殺しにする……それだけだ」
「私達?……それは城の人達も、と言う事ですか?」
微笑みの消えた十四郎の問いに、ローボは強い声で言った。
「奴らに例外は無い……お前が躊躇えば、城の人間は命を落とす」
「躊躇えば……」
思わず十四郎は拳を握りしめた。
「それと、魔剣を返すと言う選択肢も無い。魔剣は既にソイツが解き放った……奴らの手に渡れば、人々の狂気を吸って際限なく殺戮を繰り返す」
「ですが、アウレーリア殿が持っていれば大人しいのですが……」
十四郎はアウレーリアが魔剣を普通の剣を扱うようにしている事に首を捻った。
「魔剣さえ服従させるソイツが、普通じゃないのさ」
ローボは、今更ながらアウレーリアの方を見た。確かに魔剣は、妖気どころか普通の剣の様にアウレーリアの腰にあった。そして、十四郎の方に向き直り真っ直ぐに十四郎を見据えた。
「いいか、惑わされるな……」
言いかけたローボは、溜息を付いた。
「どうしたの? ローボ」
キョトンとアルフィンが聞くが、ローボは更に大きな溜息をついた。あっと言う間に惑わされる十四郎の姿が、簡単に脳裏に浮かんだからだった。
「お前が十四郎を守れ」
ローボはアウレーリアを見た。
「分かった……」
アウレーリアの目は、ローボでも背筋に冷たいモノが流れる程に怪しい光を放っていた。
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「来たな……」
ローボが牙を光らせる。まだ、伐採してない木々の間から夥しい魔物が目だけを光らせていた。
「アルフィン殿、バビエカ殿下がって下さい」
十四郎は振り向くと、穏やかな表情で言った。
「バビエカ! 行くよ!」
「お前、何を……」
嫌がるバビエカを、アルフィンは無理やりに連れて行った。その瞬間、複数の黒い何かがアウレーリアに襲い掛かる。十四郎は目を見開いた! それは小さな子供であり、若い女だった。
だが、アウレーリアは眉一つ動かさずに子供と女を斬り捨てた。
「アウレーリア殿!」
それは一瞬で、十四郎が駆け寄ろうとしたがローボに間に入られた。
「落ち着け。見ろ」
ローボが指す場所には、真っ二つになった魔物達がボロ布の様に横たわっていた。
「あれは……」
「お前には、子供と娘に見えただろう?」
「……はい」
「奴らは、ココロの隙間や弱さを突いて来る……お前に斬れるか?」
「私は……」
俯く十四郎に、ローボは穏やかに言った。
「暫く見ていろ……」
「……」
十四郎は黙って頷いた。その後も、アウレーリアは次々に魔物を斬り捨てる……女や子供でも、一切の躊躇もなく。
そして、”奴”は現れた。深紅のたてがみと、血の様な真っ赤な目が暗闇の中で光を吸収しながらアウレーリアの前に立つと、小さく首を傾げる。
「何だ、この女?……中身がまるで無い……空っぽだ」
紅の獣王はアウレーリアを見ながら、その女の様な肢体を怪しく揺らした。その声には男を惑わす妖艶な艶があり、耳の傍では心地よかった。
「女の魔物ですか?」
「ああ、最も質の悪い奴だ……」
眉を顰める十四郎に、ローボも声を潜めた。




