門番
ミランダ砦で出迎えたラモスは、硬い表情だった。
「訳をお聞かせください」
「我々は十四郎と共に、マジノ遺跡へ向かう途中です」
マルコスは正直に答えるが、ラモスは数百の人々を怪訝な表情で見た。そこには多国籍の騎士が集い、特にイタストロアの騎士達はラモスの顔を更に固くさせ、マルコスの隣のロメオに強い視線を向けた。
「そちらは?」
「元、パルノーバ指揮官ロメオです。今は、十四郎殿と共に戦っています」
ロメオは穏やかな表情で挨拶した。
「魔法使い殿と?……ところで、何と戦っているのですか?」
ラモスは鋭い視線でロメオを見据えた。
「今、ここに居る者達は十四郎殿と戦い、敗れた者達です。そして、戦いの中で我々は進むべき道を見つけました」
「道……ですか?」
穏やかな表情のロメオの言葉に、ラモスは首を傾げた。
「はい……十四郎殿と出会わなければ、我々は何の疑いも無く日々を過ごしていた事でしょう……十四郎殿は敵も味方も無く、全て救おうとしていました……その先には、あるのです」
「何が、ですか?」
「戦いの無い、誰もが平等な世界をです」
「……それは、今の世界全てを否定する事です」
ラモスは視線を緩めた。
「はい。今までは分かっていても、考える事さえ放棄していました……あなたも、ご覧になったでしょう? 十四郎殿の戦いを」
「……」
ラモスは返事が出来なかった。脳裏では十四郎の神がかりな戦いが蘇り、思考は混乱するばかりだった。
「ラモス殿、フォオトナーが死にました……」
「聞いています」
マルコスは済まなそうに目を伏せ、ラモスも俯いた。
「あいつは、フォオトナーを助けようと命を投げ出した……」
「将がたった一人の兵の為、命を投げ出すなど……」
呟く様なマルコスの言葉に、ラモスは俯いていた顔を上げた。
「仰る通りです。将にあるまじき行動です……ですが、その行動が我々の目を覚まさせてくれた」
少し笑ったマルコスに、ラモスは真剣な目を向けた。
「そんな事では、新しい世界など夢ではありませんか?」
「確かにそうですね……だからこそ、我々は十四郎を支えたいのです……まったく、あいつは見てないと何をしでかすか分からない……バカでお人好しで、優しくて……我々が旅立ったのは、最初はモネコストロを救う為でした……ですが、戦いを続けるうちに気付いたのです……モネコストロを救うだけではダメなのだと……」
「十四郎殿に弱点があるとすれば、優し過ぎる事です……私も、十四郎殿の支えになりたい」
マルコスに続き、ロメオも笑顔を向けた。だが、多少ココロは揺れてもラモスは騎士としてのプライドと主君に対する忠誠心が、新しい道への絶対の壁となっていた。
「私も考えない訳ではありません。しかし、国王陛下に対する尊敬と忠誠心は揺るぎません」
背筋を伸ばしたラモスだったが、マルコス達の後ろの兵士の表情が気になった。誰もが目を輝かせ、自身と希望に満ちた表情だったのだ。
そして、壮年の騎士が一歩前に出て、ラモスを真っ直ぐに見た。
「国の為、君主の為、領主の為……多くの戦いの中で感じました……違和感を。私は何の為に戦って来たのか……私達は支配する者から見れば、ただの”駒”……その駒にも家族があり、感情がある事など支配者は考えません……私は戦うなら、愛する者の為に戦いたい」
「私もそうだ」
「戦う事の意味が分かった! 私は、家族と全ての人々の為に戦う!」
後ろの騎士も次々と声を上げる……生き生きとした顔を高揚させて。
「我々は元、イタストロアの騎士です。それが、大勢で押し寄せた事をお詫び致します」
ロメオは深々と頭を下げた。ラモスの胸に引っかかる最大の訳……ロメオは正面から正直にブツけるが、それはラモスを更に惑わせた。
「ロメオ殿! マルコス殿!」
話が進展しない状況は、十四郎の声で動き出した。
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「お前、もう来たのか? イタストロア軍は?」
「途中の草原に陣を張ってますよ。砦の監視に来ただけだと言ってました」
驚くマルコスに、十四郎は笑顔で言った。
「監視って、お前……」
あまりに平然と言う十四郎に、マルコスは大きな溜息を付いた。
「お久しぶりです、ラモス殿」
「魔法使い殿、その方は?……」
笑顔の十四郎だったが、ラモスは十四郎に寄り添うアウレーリアを見て声を震わせた。
「あっ、紹介します。アウレーリア殿です」
「……アウレーリア……あの……」
「一応は、味方です」
震えるラモスに、真剣な表情のマルコスが言った。だが、逆さ十字の紋章と、風に揺れる輝く銀髪がラモスを激しく圧迫した。
「それでは、マルコス殿。行きましょう」
「行くって何処に?」
「迂回しますよ」
「迂回って、三日はかかるぞ」
「ミランダ砦は国境の砦です。知り合いとは言え、異国の人々を簡単には通せませんよ」
「そりゃ、そうだが……」
平然と言う、十四郎にマルコスは溜息をついた。
「十四郎殿言う通りですね。迂回しましょう」
「ロメオ殿……」
ロメオも笑顔で賛同し、マルコスは諦めた様に肩を落とした。
「残りの軍勢は、既に迂回させてます……」
マルコスの耳元で、ロメオが囁く。
「読んでましたか?」
「全軍が迂回する手もありますが、そうすれば城が完成した時に、砦との関係が悪くなる可能性がありましたから……何せ元とは言え、イタストロアの軍勢が大半ですから」
マルコスは、流石ロメオだと感心した。
「それで、出発しましょう」
「待って下さい。遺跡に行って何をされるのですか?」
号令を掛けるマルコスを、ラモスが止めた。
「我々の城を築きます」
「モネコストロの領内に城を?」
マルコスの返答に、ロメオの顔色が変わった。
「モネコストロと戦う気はありません。我々は……」
「異分子が領内に城を築き、我々に黙って見ていろと?」
マルコスの言葉を遮り、ラモスは声を押し殺した。何か言おうとするマルコスを制し、十四郎が口を開いた。
「国王陛下には、全てお話しします」
「許さないと仰ったら?」
「納得して頂けるまで、お話しします」
十四郎は穏やかに言った。
「武力を行使しないのですか?」
「それでは、意味がありませんから……」
「戦わないで、勝ち取る……そんな事が出来るのですか?」
「それは……」
ラモスの言葉に、十四郎は言葉を詰まらせた。
「現在アルマンニがイタストロアを取り込み、フランクルに侵攻しています。そして、モネコストロもフランクルと共に戦っています……我らの戦力はモネコストロにとっても有用かと」
言葉を失う十四郎の横で、ロメオは凛とした口調で言った。
「あなた方が、モネコストロにとって有用なら……草原のイタストロア軍を撃退して見せて頂けますか?」
「お断りします」
強い口調のラモスに十四郎は即答し、ロメオは笑みを浮かべていた。焦るマルコスは、築城の時間を取られてしまうと、全身を冷や汗に覆われた。
「それでは、信用出来ませんね……」
ラモスは強く十四郎をみるが、十四郎は穏やかな表情のままだった。
「仕方ありませんね……」
「それで、いいのですか?」
「私達は戦いを好まないので」
怪訝そうなラモスに十四郎の答えは、あくまで穏やかだった。
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「リズ!」
到着したリズに、ビアンカは抱き付いた。
「ビアンカ……あなた……」
泣きそうな顔と小さな声、震える細い背中でリズは直ぐに分かった。聞いた話だと十四郎はビアンカを残し、しかもアウレーリアを連れて行ったとの事だった。
「私は、私は……」
「酷い十四郎様ね……」
ビアンカの柔らかくて美しい髪を撫ぜながら、リズは優しく呟いた。
「……リズ……どうしたらいいの?」
「あなたは、どうしたいの?」
「……私は……」
ビアンカは言葉を詰まらせた。
「今は、ゆっくり休みなさい。後でキッチンを借りてパイを焼いてあげる」
「……うん」
リズの言葉は、母親の様にビアンカを優しく包み込んだ。
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「それは、本当?」
「ああ……」
ライエカは、ローボの話を聞くと真剣な表情になった。
「信じられないけど、本当なら前例の無い事よ」
「ああ、亜神を通り越して”神”なんてな……」
声を落としたローボは、ビアンカの顔を思い浮かべた。
「強くなりたい気持ちが、方向を間違えない様に見守らないと……」
「ビアンカに何かあれば、アイツは……」
静かな声のライエカだったが、ローボの脳裏にはビアンカと重なった十四郎の笑顔が映った。
「とにかく、ビアンカから離れないで。そして、フェアリー達を近付けないで」
「分かった」
ローボは低い声で頷いた。




