包囲軍
「本当に連れてくのか!?」
全力で走りながら並んだマルコスは、やや後方のアウレーリアを見ないで言った。
「連れて行くも何も……」
十四郎は苦笑いした。
「そうだな、拒む者がいれば真っ二つだろうな……」
物凄い殺気に、マルコスは全身から汗を流した。そんな十四郎達を尻目に、バビエカは振り向きながらアウレーリアに言った。
「お前は魔法使いと戦うために来たんだろ? どうして何もしない?」
「……分かりません」
アウレーリアは、俯きながら呟いた。
「分からないだと? お前は魔法使いと一緒に居たいだけなんだ」
「……」
バビエカの言葉に、無言のアウレーリアは否定も肯定もしなかった。
「多分、そうだと思うよ」
「お、お前まで何を……」
アルフィンの優しい微笑みに、思わずバビエカが口籠った。
「アルフィン殿。アウレーリア殿は、それだけの為に来たのですか?」
目を丸くする十四郎だったが、アルフィンは満面の笑顔で言った。
「そうだよ 。アウレーリア自身、気付いてないかもしれないけどね」
「お前達、何を話してる!?」
アルフィン達との会話を理解できないマルコスが聞くので、十四郎は解説した。
「訳が分らん……」
聞き終えたマルコスは、大きな溜息を付いた。
「マルコス殿、あなたの馬はもう限界です。先に行って、敵軍を足止めします」
十四郎は物凄く息の荒いマルコスの馬を心配した。
「そうだな! これ以上は無理の様だ! 私はロメオ殿と合流してミランダ砦で待つからな!」
「分かりました。お気をつけて……」
十四郎は振り向くと、穏やかに笑った。そして、アルフィンは疾風の様に走り去り、アウレーリア乗せたバビエカも風の様に後を追った。
「……あの馬、アルフィンに付いて行けるのか?」
スピードを落としたマルコスは、漆黒の馬体を驚きの表情で見送った。
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疾走する十四郎は、遥か前方に大軍を見つけた。僅か半日で、アルフィンは敵軍に追いついたのだった。またしても、一向にスピードが落ちないアルフィンの走りに、バビエカは息も絶え絶えに叫んだ。
「お前っ! 少しはっ、加減、しろっ!……」
「してるよ。だってバビエカ、辛そうだし」
平然と走るアルフィンは全身を汗で濡らすバビエカ心配するが、それはバビエカのプライドを激しく刺激する。
「俺はっ、平気、だっ!」
だが、叫び声は掠れて、風圧に流された。そして、大軍が判別できるギリギリの距離に近付くと、汗が声を押し殺した。
「あれは、味方じゃないよ」
「そうですね、イタストロアの軍の様です」
アルフィンは瞬時に識別し、十四郎も認めた。
「アウレーリア殿、突っ切って先頭に出ます!」
十四郎の叫びに、アウレーリアは小さく頷いた。
「ちょっと待てっ! おいっ!」
息を切らせたバビエカが叫んだ瞬間、アルフィンの姿は敵軍の中に消えた。
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「何だっ?!」
包囲軍司令官エンディゴ子爵は、白い影が物凄い速度で通り過ぎるのを見た。
「子爵様! 後方より敵!」
「今度は何だ……」
エンディゴの言葉が空中に掻き消され、その視界の端を漆黒の馬が走り抜けた。そして、その馬上には銀色の髪を煌めかせる逆さ十字の紋章があった。
「あ、あれは……アウレーリア……」
十四郎とアウレーリアは、包囲軍前方で並んで行く手を塞いだ。包囲軍騎士達は、真っ先にアウレーリアの逆さ十字の紋章に驚愕し、遅れて十四郎の青いマントに輝く純白の”蝶”を見て唖然と呟いた。
「エンディゴ様……蝶の紋章は……モネコストロの魔法使いです……」
「何でアウレーリアと魔法使いが一緒に居るのだ?……」
側近の震える声に、エンディゴの震える声が重なった。
「如何、致しますか?」
息を飲んだ側近、総勢五百の軍勢も言葉を発する者は皆無だった。
「アウレーリア殿、待って下さい」
バビエカを降りたアウレーリアは、軍勢に向かおうとするが十四郎は穏やかに止めた。
「何故?」
振り向いたアウレーリアは、首を傾げた。
「私に、任せて下さい」
十四郎もアルフィンを降りると、前に出た。
「指揮官は何方ですか?」
「……私が、指揮官、エンディゴ子爵である……」
馬上からエンディゴが返答するが、その声は微かに震えていた。
「どちらに行かれるのですか?」
「我らは、国王の命を受け、ミランダ砦を……」
エンディゴが言いかけた時、アウレーリアが腰の魔剣に右手を添えた。瞬時に異様な殺気と砂埃が舞い上がった。
「アウレーリア殿、まずは控えて下さい」
十四郎は振り向いて穏やかに言うと、アウレーリアは表情を変えずに右手を放した。
「ミランダ砦を、その、見張りに来ただけだ……」
「攻めるつもりは、無いと?」
「ああ、攻めろとの命は受けてない……」
「それは、よかった。ですが、これ以上進むと無駄な衝突が起こりかねません。少し先に開けた草原があります。そこで、陣を張るのをお勧めします」
「今、何と?」
エンディゴは驚いた。砦の近くに、敵の陣を勧めるなどと……当然、その草原には何かの罠があると考える。
「お約束します。砦の方からは、決して攻めたりはしません」
「砦近くに敵陣が出来るのだぞ? そんな約束信じられるものか!」
十四郎は穏やかに言うが、エンディゴには信じられなかった。
「ここは、イタストロアの土地です。何処に陣を張ろうと自由ですよ」
「が、しかし……」
振り返った十四郎の視線の先には広大な草原が広がっていたが、エンディゴの整理はつかないでいた。
「ここは、魔法使い殿の提案をお受けするのが得策かと……どちらにせよ、陣は必要です」
固まるエンディゴの耳元で、小柄な騎士が耳打ちした。
「スワレス殿! 何を?!」
側近が慌てて間に入るが、スワレスは強い視線で睨んだ。
「アドリアーノ様の軍勢を退けた魔法使いだ。これだけの人数で太刀打ち出来ると思ってるのか?……それに、あの美しい女……あれは、アウレーリアだ……皆殺しになりたいか?」
「それは……」
側近はアウレーリアに視線を移すと、それ以上言葉が出なかった。
「私はエンディゴ様配下、スワレスと申します。主に変わり、魔法使い殿の提案をお受けします」
「よろしくお願い致します」
深々と頭を下げる十四郎を見て、スワレスは不思議な感覚に包まれた。そして、横目で見たアウレーリアが薄笑みを浮かべてる姿は、全身に鳥肌を立てさせた。
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「ロメオ殿!」
「これは、マルコス殿」
合流したマルコスに、ロメオは笑顔を向けた。だが、マルコスの真剣な顔を見て直ぐに察した。
「イタストロアの軍勢がミランダ砦に向かい、十四郎とアウレーリアが時間を稼いでいます」
「分かりました。進軍を早めましょう……しかし、何故アウレーリアが? 味方になったのですか?」
ロメオの疑問は当然だが、マルコスにも正直分からなかった。
「そうとは言い切れませんが、十四郎は心配ないと……」
「それなら、大丈夫ですね。味方でないにしろ、敵であればアウレーリアは最強最悪の敵にですから」
「確かにそうですね」
ロメオの言葉に、今更ながらマルコスは戦慄した。




