フェアリー
ビアンカは吸い寄せらる様に近付くと、地面にしゃがみ込んだ。心配そうにシルフィーは、その背中を見守っていた。
「あなたは誰?」
(カミサマが泣いてるなんて、珍しいから……)
首を傾げたビアンカの問いに、小さな女の子? は微笑んだ。
「神様? 私は神様じゃないよ……」
(ワタシが見えて、声も聞こえるんでしょ?)
「そうだけど……」
俯いたビアンカは分からなくて、そっと目を閉じた。だが、目を閉じても女の子の姿は鮮明に瞼の向こう側に見えた。
(やっぱり、見えるんだね)
「どうして? 目を閉じたのに……」
(それは、あなたが……)
「何をしてる!」
急なローボの声に、思わずビアンカは立ち上がった。
「あの娘が……」
「何も無いぞ」
鋭い視線のローボが、ビアンカの指す方向を見た。
「あそこ、今、笑ってる」
ビアンカは笑ってる小さな女の子を指さすが、ローボは牙を剥いた。
「どんな奴だ?」
「小さくて、葉っぱの洋服を着て、背中に透明の羽根が……」
「来い! 帰るぞ!」
ビアンカの言葉を遮り、ローボは強い声で言った。
「でも」
「帰るんだ!」
(またね)
小さな女の子は、ビアンカの背中に向けて微笑んだ。
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「どうしたのよ? 変よ、ビアンカ」
「シルフィーには、見えなかったの?」
帰り道、心配したシルフィーが聞くがビアンカは首を傾げた。
「うん、何も」
「ローボも?」
横に並ぶローボに声を掛けるが、ローボは振り向きもしないで呟いた。
「忘れろ」
「どうしたの? ……怒ってるの?」
普段と違うローボの様子に、ビアンカは声を落とした。
「あれは、人や動物には見えないモノだ……」
聞いた事のない沈むローボの声、思わずシルフィーが聞いた。
「ローボにも見えないの?」
「見えるのは”神”だけだ……」
「あの娘……私の事、神様って……」
耳の奥に残る幼い声が、ビアンカの脳裏に蘇った。
「そう言ったのか?」
「ええ……」
「……」
ローボは、それっきり何も言わず少し前を歩いて行った。
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「遅い、ご帰還ですね」
「申し訳ありませんでした」
にこやかなローベルタ婦人の前で、十四郎は深く頭を下げた。
「それで、お仲間のご家族は大丈夫でしたか?」
「はい。ご婦人と娘さんは、モネコストロのリズ殿のお屋敷に。ゼクス殿が送り届けています」
「そうですか。それは良かった……ところで、その方は?」
ローベルタ婦人が十四郎の少し後ろに寄り添う、アウレーリアに視線を移した。その瞬間、後方で直立不動のツヴァイの心臓を貫いた。絶対に連れて行くなと懇願したツヴァイに、十四郎は笑顔で言った。
『大丈夫ですよ』
大丈夫じゃないだろ! ツヴァイはココロで叫ぶ。アウレーリアの悪名は、イタストロア全土どころか、大陸の隅々まで行き渡ってる事は周知の事実だった。ローベルタ婦人の横では、アリアンナは言葉さえ出ずに、震える体を押さえるのに精一杯だった。
「アウレーリア殿です」
「えっ?」
十四郎は普通に笑顔で言い、ツヴァイは目をテンにした。そして、恐る恐るみたローベルタ婦人の顔は笑みを浮かべ、アウレーリアに視線を移すと口角を微かに上げていた。その横顔は、ツヴァイの胸を強烈に圧迫した。
ビアンカの微笑みを見た時に近い感覚……だが、アウレーリアの微笑みは違った。何が違うかと、問われたら……きっと答えるだろう……”恐怖”だと。
「噂に違わない美しさですね……あなた程美しい人は、見た事がありませんね……いえ、一人だけ知ってます……」
ローベルタ婦人の言葉が、今度は違う角度でツヴァイの胸を貫き声が震えた。
「あの、ローベルタ様……」
「ツヴァイも知ってますね……モネコストロ近衛騎士団の女騎士ですよ」
女騎士と言う言葉がローベルタ婦人の口から洩れた瞬間、アウレーリアの碧に輝く瞳が光を乱反射した……その微かな光はツヴァイを落雷にあった様な衝撃で包んだ。
滝の様に流れる汗、鼓動は心臓を破裂させる勢いで高まり、ツヴァイの喉は砂漠の様カラカラに乾いた。
「アウレーリア殿、ビアンカ殿ですよ」
「十四郎様、何を……」
今度はまた、十四郎が普通にアウレーリアに言う。ツヴァイは、目を見開いて体中が心臓になったみたいに震えた。
「……知ってます」
十四郎の顔を、アウレーリアは真っ直ぐに見た。その微笑みは、一瞬でツヴァイの震えを止まらせた。
「大お婆様……」
「心配は入りません……魔法使い殿がいる限り、魔物は大人しくしているでしょう」
まだ震えるアリアンナに、ローベルタ婦人は穏やかに言った。しかし”魔物”と言う言葉が、アリアンナの脳裏でずっと木霊していた。




