手立て
「ビアンカ様! ビアンカ様っ!」
「……えっ?」
ツヴァイの声でビアンカが我に返る。頭の中には十四郎の青いマントがフラッシュバックするだけで、周囲の状況からは完全に隔絶されていた。
「どうしたのです? 顔色が真っ青ですが……」
「いえ、その……あの、マント……」
ツヴァイが心配顔で尋ねると、ビアンカの頬は紅潮した。
「ビアンカ様……まさか、記憶が……」
「今は、いいです」
目を見開くツヴァイに向かい、落ち着きを取り戻したビアンカが十四郎の方を見た。だが、ツヴァイは更に驚く光景を目の当たりにした。
「ビアンカ様……あれを……」
ツヴァイに促され振り返ったビアンカが見たのは、辺り一面に倒れる十字騎士だった。
「たった、一人で……」
そこには少し首を傾げて立つ、アウレーリアの姿があった。
「まるで相手が、アウレーリアの槍に打って下さいとばかりに……十四郎様の戦いかとは明らかに違う……」
流れる汗を拭いもせず、ココは呆然と呟いた。
「確かに違うな……あれの戦いには無い……」
鋭い視線のローボが呟くが、ココには想像がつかなかった。
「何が無いのです?」
「必ず勝つと言う気持ちや、絶対負けないと言う意思だ……」
「それって……」
ノィンツェーンは、アウレーリアが何なのか更に分からなくなった。
「……私にも見当さえつかない」
ローボでさえ、アウレーリアが何のか分からなかった。だが、ビアンカにとって今はアウレーリアの事も、自分の記憶の事も関係なかった。
「十四郎は、あの剣に勝てますか?」
「それは……」
「勝ちます」
心配顔のビアンカはローボに問い掛けるが、ローボが答える前にアウレーリアが背中で言った。その声には自信と確信が満ちており、ビアンカの揺らぐココロを逆撫でにした。
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ズィーベンの剣は次第に速さと威力を増した。そして反比例する様に、ズィーベンの肉体は蝕まれて行った。
「見ろ、ズィーベンの腕……」
「腕だけでではない、背中から腰、脚までもズタズタだ……」
唖然と呟くアハトだったが、ナインは悲痛な表情で言った。既に十字騎士は全滅、配下の騎士もアウレーリアによって駆逐され残りは二人だけになっていたが、ズィーベンの異常な消耗が断末魔の事態さえ忘れさせていた。
「どうするんだ?」
「助けに入れば確実にやられる……あの剣に……」
焦るアハトだったが、ナインは唇を噛んで声を押し殺した。
「このまま、ズィーベンを見殺しにするのかっ!?」
思わずアハトが叫んだ。だが、ナインは消えそうな声で言った。
「考えてみれば、我ら三人が揃ってこそ黄金騎士に匹敵する強さを発揮出来る」
「だから、それがどうした?!」
アハトにはナインの言葉の意味が分からなかった。
「行くしかない! 続けアハト!」
剣を抜いたナインが飛び出し、瞬時に察したアハトが続いた。だが、二人は十四郎の背中で止められた。
「そこをどけ魔法使い!」
「行かせろっ!」
同時に叫ぶ二人に、十四郎はゆっくりと振り向いた。
「ズィーベン殿は、必ず助けます」
「助けるだと? 我らは敵なんだぞ!」
十四郎の言葉に、アハトが叫んだ。
「受けるだけで精一杯のお前に、何が出来る?」
十四郎の戦いを見ていたナインには、到底無理に思えた。
「大丈夫です」
短く答えた十四郎の顔には、ナインやアハトが初めて経験する安らぎの様なモノが溢れていた。
「無理に決まってる!」
「待て、アハト……見てみようじゃないか」
荒ぶるアハトを、ナインは片腕で制した。
「見るだと?! ズィーベンには時間が無いんだぞっ!」
「我らが行けば、一瞬で終わりだ……そして、ズィーベンも程なく終わる……それで、いいのか?」
それでもアハトは叫ぶが、ナインは穏やかに言った。
「だが……」
「見せてもらおう。魔法とやらを……」
悔しいが今のアハトに成す術はなく、ナインの言葉に黙って頷いた。
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『このままでは、奴の肉体も精神も滅ぶ』
「分かってます」
脳裏に届くローボの声に、十四郎は短く答えた。
『手立てはあるのか?』
「あると言えば……」
こんな状態でも、十四郎は頭を掻いた。
『全く……なら、見せて見ろ』
溜息交じりのローボが言うと、十四郎はビアンカに叫んだ。
「ビアンカ殿! 刀を貸して下さい!」
ビアンカの全身に稲妻が走った。考える前にビアンカは刀を投げ、十四郎は素早く受け取ると腰に差した。
そして、右手で自分の刀を抜くと左手でビアンカの刀を抜いた。
『両手剣か……勝算はあるのか?』
「それは、やってみないと」
期待を膨らませたローボに、十四郎は平然と言った。




