魔法使いの馬2
平穏な日々。アルフィンは今までの生活との違いに戸惑いはしたが、毎日がホンノリ暖かくて、ココロの角が丸くなったみたいに感じた。日課と言えばメグを乗せ、十四郎が手綱を持って近所の散歩と言った具合だった。
しかし、沈む夕焼けをボンヤリ見ていた時、十四郎が血相を変えてアルフィンの元に来た。
「アルフィン殿、メグ殿が熱を出しました。街まで乗せて行ってもらえませんか?」
「お願いだよ、メグが死んじゃうよ!」
耳を垂らし泣きそうなアミラの姿に驚き、戸惑いながらもアルフィンは承諾した。
「……いい、ですけど」
十四郎はアルフィンの馬の背部分にケイトの作ったマットをかぶせると、素早くそっと鞍を乗せ、腹帯を完璧な締め具合で固定する。優しく声を掛けながら馬銜を噛ませ、手綱を調整した。
今までの手荒ではないが、物みたいに扱われる事とは違った気配りに、アルフィンは少し感動した。
心配そうなケイトを残し、十四郎はメグを膝に抱えてアルフィンに乗る。走り出すと直ぐにアルフィンは感じる。調教師や名人と言われた人間を乗せる事はあったが、十四郎の騎乗は全てが違った。
とにかく操作が優しい、鐙で蹴るとか手綱を強く引くなんてしない。海辺の大きなカーブでスピードを出し過ぎ、一瞬アルフィンが怖いと思った時にスピードを落とすのではなく内側の手綱を少し引きながら、同じく内側の鐙をゆっくりと、やや力を入れて踏む。
十四郎は体重を内側に傾け、アルフィンをサポートした。自分でも驚く位スムースに、しかも高速を維持したままカーブを曲がった時に、アルフィン確信した……シルフィーの言った言葉を。
そして、直線に入ると十四郎の声が飛ぶ。手綱を持つ手に力が入る、アルフィンの速さは次元が違う、流れる景色や風圧が違う、十四郎は腕に抱いたメグを更に強く抱き締めた。
「アルフィン殿、速度を上げて下さい!」
「行きます!」
アルフィンは全力で走る、同時に今まで感じた事の無い感覚に包まれる。どんなに速度を上げても怖くないのだ。道は狭いし路面も荒れている、夕暮れ時で視界も悪い。
だが、安心して思い切り速度を出せるのは何故か? それは十四郎の完璧で優しい騎乗のおかげだと直ぐに気付いた。
正に風、言葉にするなら稲妻。しかしその破壊的速さの中で、抱き締めたメグは、きっと大丈夫だと思えるのは、速さを快感や安心感に変えるアルフィンの資質なのかもしれない。
改めて”天馬”と呼ばれる訳を、十四郎は実感した。
自分で自分に驚くアルフィンは、段々と嬉しくなる。そして、喜びは自信に変わる。今なら誰にも負けない、負ける気がしない、そんな思いを乗せアルフィンは夜の街を駆け抜けた。
そしてまた、シルフィーの言葉を思い出した……”オニニカナボウ”と、言う言葉を。
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アルフィンは到着するまで、速く走れた事に興奮していた。しかし、抱き抱えられたメグのグッタリした姿に急に現実に引き戻され、待つ事の心細さや苛立ちにも似た感じに包まれていた。
胸が痛い、心臓の鼓動がはっきりと耳に届く。体が小刻みに震え、思考が乱れる、泣きたくなる衝動と不安感が覆い被さる。
初めての感覚、この怖くて心細い感情はアルフィンを追い詰める。ずっと考えていた、これは何なのかを……客観的に見た自分は。本当は気付いていたのかもしれないが、今はメグの無事だけを真剣に祈った。
十四郎がドリトンの診療所から出てきたのは、夜更けに近かった。
「ご心配をお掛けしました」
「メグは大丈夫なんですか? 十四郎!」
思わず名前を呼んだアルフィンは、少し赤面する。
「お陰さまで、もう大丈夫です。今は薬が効いて眠っています」
十四郎の言葉に、アルフィンは心からの安堵の溜息を付いた。帰り道は行きと違ってゆっくり歩く様に、出来るだけ揺らさない様に心掛けた。月明りの夜道は少し寒いが背中の十四郎とメグの暖かさが、そっとアルフィンを包み込む。
「アルフィン殿、ありがとうございました」
ふいに十四郎から声を掛けられ、アルフィンは戸惑った。その声はとても穏やかで、アルフィンは疲れや不安が消えて行く気がした。
「いえ……別に」
家に戻るとアミラが飛んできてメグに抱き付く、メグを抱えたケイトは何度も十四郎に礼を言う。そんな光景を見ていたアルフィンに、胸の奥に暖かいものが流れた。
「アルフィンも、ありがとう」
微笑んだケイトは礼を述べると、大事そうにメグを抱き抱え家に戻った。
夜中、アミラが小屋にやって来て、少し照れた様に礼を言った。
「ありがと、メグを助けてくれて」
「私は運んだ、だけ……」
どうして皆が礼を言うのか、正直アルフィンには分からなかった。自然と疑問が口から零れる。
「私が病気になったら……皆、心配してくれるかな?」
「俺が怪我した時はメグは大泣きしたよ、ケイトも凄く心配してくれた……勿論、アルフィンが病気したら、本気で心配してくれるさ……十四郎なんて物凄く慌ててさ、可笑しいんだ。落ち着いてる様に見えるけど、アルフィンの背中に乗せたマット、それバスマットだから」
「そうなんだ……」
何故かホンノリした気分に包まれたアルフィンが呟く。
「これでアルフィンも家族の一員だ……それと、十四郎の事頼むぜ。あいつ、ああ見えて無鉄砲なとこあるから、アルフィンが付いて注意してやってくれ」
「わかりました」
小さく頷くアルフィンは、頼まれた事が何故かとても嬉しかった。




