支配
円を描くように十四郎は移動する。両脚は地面から離れる事はなく、所謂すり足で動作は非常にゆっくりとしていた。重心は両脚に均等の様に見えるが、左足の踵だけは僅かに浮かせている。
そして、刀は正眼のまま力を抜いて、どの方向に回り込んでもズィーベンを指向している。
「十四郎の構えには隙がない……でも、相手が見下してるなら別」
ライエカはローボの背中で呟くが、ローボは吐き捨てた。
「剣のおかげで力が上がった事など完全に忘れてるな……普段の青銅騎士なら、十四郎の構えの凄さは分かるはずだがな」
「そうね……支配されてるからね。体だけじゃないよ、意識も思考もね」
「あの体は、剣が自由に動く為の道具か……だが、あのボンクラ……助けるつもりだ……」
少し声を落とすライエカだったが、ローボは十四郎の意図に気付いて牙を光らせた。
「助けるって、無理よ。もう同一化してるし、無理に引きはがしたら精神が崩壊するよ」
「十四郎に言え……」
顔をしかめたライエカに、またローボは吐き捨てた。十四郎が決して諦めないと、分かっていたから。
だが、一応十四郎の頭の中に言ってみた。
『相手は剣に支配されてる。助けるのは無理だ……』
当然、十四郎の答えは分かっていた。
「それでも、やってみます」
『やるって、どうする? 無理に引きはがせば、精神が崩壊するんだぞ』
「斬ります」
十四郎の言葉に、迷いはなかった。
『斬るって、何をだ? お前の剣では、あの魔剣は斬れないぞ』
「大丈夫です。斬るのは”支配”です」
『何だそれは?……まあ、いい。勝手にしろ』
どうするかは分からないが、ローボの口元は緩む。
「十四郎、支配を斬るつもりなの?」
「知るか」
首を傾げたライエカに分からない様に、ローボは微笑んだ。
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「今なら、まだ間に合います、どうか……」
「すまない……」
懇願するルイーゼに、ゼクスは俯きながら呟いた。
「あなたは本当に信じてるのですか? 戦いの無い平和で平等な世界が来ると……」
「分からない……」
真剣な目でルイーゼが見詰めるが、ゼクス自身にも本当は分からなかった。
「私は、来る様な気がする……」
二人の間に立ったトゥルーデが、見上げながら呟いた。
「あなたは、まだ子供だからそう思えるのです。夢と現実は違うのですよ」
少し強くルイーゼは言うが、トゥルーデもしっかりとした視線でルイーゼを見た。
「お父様の知り合いで強いと言われる人は皆、怖かった……でも、久しぶりに会ったツヴァイさんやノィンツェーンさんは、昔の様に怖くないの……何より魔法使い様は、とても優しくて……それに、お父様も前の様に怖くない」
ルイーゼはトゥルーデの言葉にハッとした。以前のゼクスは威厳と畏怖に満ちていたが、今横に立つゼクスからは、自分達を心から心配する慈愛が溢れている様な気がした。
そして、トゥルーデは続けた。
「魔法使い様の戦いを見ましょう……結論はそれから」
「ズィーベンは強いのよ! しかも魔剣を……」
「きっと、大丈夫……」
急に声を上げたルイーゼの手を、トゥルーデはそっと握った。そして、もう一方の手でゼクスの手を握りしめた。
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「どうした魔法使い? 噂とは違うな……神さえ凌駕するだと?……」
ズィーベンの剣を持つ腕は倍以上に腫れ上がり、既に毛細血管は破れ血が滲んでいた。
「一旦、引くんだ!」
あまりにも酷いズィーベンの腕を心配してアハトが近付こうとするが、ズィーベンは無表情で剣を振り下ろした。アハトの頭上を目掛けて……。
だが、その剣は火花と轟音で受け止められる。
「何故だ、魔法使い?」
「あなたも、下がってください。ズィーベン殿は、必ず助けます」
驚くアハトに、十四郎は真剣な目を向けた。
「下がれ、アハト……ズィーベンは……もう、前のズィーベンではない」
「何を言ってる?!」
立ち竦むナインの呟きに、アハトが声を荒げた。
「今のは完全に、お前を斬ろうとした。魔法使いが止めなければ……お前は死んでいた」
「そんなはずはないっ! 魔法使いに対しての牽制だっ!」
低い声のナインに、アハトはそれでも食い下がる。
「本当にそう思うのか?」
「当たり前だっ!」
叫んだアハトが再びズィーベンに近付こうとするが、振り返ったズィーベンの目はアハトなど見ていなかった。その淀んだ目は……死人の目だった。
「まさか……そんな……」
膝を付いたアハトは絶望に苛まれるが、ナインは十四郎を睨み付けた。
「お前なら、助けられるのか?」
刀を返し、刃を横向きにした十四郎は背中で言った。
「そのつもりです」
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ビアンカの目前で、十字騎士の剣が弾き飛ばされた。
「どこを見てるの?」
アウレーリアは槍を構え直して、呟いた。
「十四郎が……あの剣は危険……」
ひしひしと伝わってくる魔剣の殺気、ビアンカは背中から流れる汗で体全体から寒気がした。
「ただの、剣です……」
背筋を伸ばしたアウレーリアの髪が、風にそよぐ。
「あなたは、怖くないの?」
「怖い? 何が?」
絞り出したビアンカの言葉に、アウレーリアは無表情で首を傾げた。
「十四郎が……傷つく、こと」
「……見て」
震えながらビアンカが呟く。だが、アウレーリアは十四郎の方に視線を向けた。ビアンカの視線も、自然と十四郎の方に吸い寄せられる。そこには、ズィーベンに対峙する十四郎の姿があった。
青いマントが風に翻ると、そこには純白の”蝶”が舞い降りた。
「あれは……」
ビアンカの記憶の扉が、小さな音と共に開いた。




