危惧
ビアンカがアウレーリアの傍に行くと、不思議な光景に首を傾げた。アウレーリアに対峙した十字騎士は、アウレーリアを目前にすると誰もが構えていた剣を降ろしていた。
そして、魅入られる様にアウレーリアの蹴りやパンチを受けていたのだ。
「これが、魔物……まるで、女神じゃないか……」
正面からアウレーリアを見た一人の十字騎士が呟いた。そして、その隣の十字騎士はアウレーリアに並んだビアンカを見て同じように呟いた。
「アウレーリアが”漆黒の女神”なら、この女騎士は”純白の女神”だ……」
確かに双方甲乙付け難い美しさであり、二人は言葉などでは形容出来ない程の神秘的美しさに包まれていた。光を反射するアウレーリアの銀色の髪と、光を乱反射するビアンカの金色の髪が宝石の放つ光さえ凌駕していた。
そんな周囲の驚愕などビアンカには関係なくて、胸に渦巻くモヤモヤを押さえながら聞いた。
「剣を捨てるなんて、どう言うつもりですか?」
「あの剣は……斬ってしまうから……」
ビアンカの問い掛けに、アウレーリアが横顔で呟く。その長い睫毛が光を反射して、ビアンカでさえ美しいと感じた。
「それなら、これを……」
ビアンカは自分の刀を差し出すが、アウレーリアは一瞬視線を落としただけで受け取らなかった。
「いい……」
「私は十四郎に言われました。あなたを頼むと……」
ビアンカの言葉に、一瞬アウレーリアの顔色が変わる。
「十四郎が?……」
「そうです、だから……」
もう一度刀を差し出すビアンカだったが、アウレーリアは倒れている十字騎士の槍を拾って背中を見せた。
「剣では……斬ってしまうから」
「十四郎と約束したんですね?」
その言葉はビアンカに安堵感を抱かせたが、アウレーリアが槍を使うなど想像が出来なかった。
「……約束しました……」
少し俯いたアウレーリアの頬が、ほんのり赤くなってるのをビアンカは見逃さなかった。
「槍は使えるのですか?」
「……多分」
そう言うと、アウレーリアは槍を振りかざす。高速で体中を這うように振り回すと、その華麗で美しい動作にビアンカは我を忘れて見入ってしまった。
「ビアンカ様! 前をっ!」
ツヴァイの声にビアンカが我に返る! 前方に弓手が弓を放った。当然、ビアンカは瞬間抜刀で弓を叩き落とす! 刹那に見たアウレーリアは、飛んで来る矢を槍の柄で簡単に防いだ。
「大丈夫そうね」
「……はい」
背中を付けたビアンカが肩越しに言うと、アウレーリアは小さく頷いた。
「あれ……ビアンカ様とアウレーリアが仲良く戦ってる……」
「そうだといいが……」
唖然と呟くノィンツェーンの横で、ツヴァイが心配顔で言った。
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「体の底から力が湧いて来る!……この剣は俺を求めていた!」
剣を空にかざし、ズィーベンが叫んだ。だが、十四郎はそんなズィーベンの前に立つと、十四郎は真剣な顔で言った。
「剣を捨てなさい。その剣は、あなたを滅ぼします」
「捨てろだと?」
怪しく笑ったズィーベンは、十四郎に向き直った。そして、片手で剣を構える……一見隙だらけの様な構えだが、十四郎はそっと左手を鯉口に添えた。そして、右手で柄を握った。
「もの凄い妖気だ……十四郎から先に出られない」
ローボが状況を解説するが、ツヴァイには違って見えた。
「そうでしょうか? 何時もの十四郎様の構えに見えますが……」
「あの構えはバットウジュツ、先制攻撃の構えだ」
「そうだった……」
ツヴァイの脳裏にも、今までの十四郎の戦い方が蘇った。そして、先に動いたのはズィーベンだった。電光石火で剣を振り下ろす! その速さはツヴァイでは見る事さえ出来なかった。
十四郎は間髪抜刀! 一撃を受け止めるが、ズィーベンは受けられると同時に剣を返して十四郎に襲い掛かる。
十四郎も刀を返して受け止めるが、その衝撃は後ろに体ごと吹き飛ばす程の威力だった。
「何だ? それが魔法使いの腕なのか?」
ダラリと剣を下げズィーベンは怪しく笑うが、剣を持つ腕は真っ赤に腫れて血管が浮き出ていた。そして、陽炎の様なものが剣全体から湧き出して周囲の風景を霞んで見させていた。
「あれを、あの女が持ってたらと思うとゾッとするな」
ローボは平然と言うが、思わずツヴァイは叫んでしまった。
「十四郎様が防戦一方なんて! どうするんですかっ!?」
「フン、心配ない。使い手があれじゃ十四郎の敵ではない……」
「しかし……」
ローボは鼻で笑う様に呟くが、ツヴァイはズィーベンの剣の速さに驚愕していた。
「見えないのか?」
ツヴァイはローボの声に目を凝らすが、ズィーベンの腕から先が見えなかった。
「見えません」
即答するツヴァイに、ローボが口角を上げた。
「確かに速いが消えてる訳ではない……元々、速さとは何だ? 剣の速さ、身のこなしの速さ、先を読む速さ、決断の速さ……全てが神の領域。それが、十四郎だ……比べるまでもない」
ローボの言葉がツヴァイの胸に響き渡る。戦う十四郎の顔には自信と威厳が満ち溢れ、ツヴァイの危惧を吹き飛ばす。
「そう言えば、十四郎様は少し前まで目が見えなかった……それでも、誰よりも強かったんですよね」
「そうだ……今の敵は剣にとって、ただの苗代に過ぎないからな」
ローボは溜息の混ざる言葉で、ズィーベンを見た。
「十四郎様の言った通り、あの剣はズィーベンを滅ぼすのでしょうか?」
「もう始まってる……」
鋭い視線でズィーベンを見るツヴァイに、ローボは静かに呟いた。
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「いったい、どうなってるの?」
ローボの肩に、ライエカが舞い降りた。
「何しに来た?」
「だって伝説の魔剣だよ。気になるじゃない……でも、何で?」
ライエカはアウレーリアではなく、ズィーベンが使っている事に疑問を持った。面倒そうにローボが説明するとライエカは目を丸くした。
「まさか、アウレーリアはあの剣を簡単に捨てたと言うの?」
「何をそんなに驚いてる?」
あまりに驚くライエカに、ローボが怪訝な目を向けた。
「だって、あの剣は持ち主の命が尽きるまで離れないはず……だとしたら……」
「だとしたら何だ?」
今度はローボが聞き返した。
「アウレーリアは魔剣を完全に支配してる……」
「捨てた、だけだぞ」
ライエカが少し声を震わせた様に聞こえたローボが、眉をひそめた。
「そうね、言い換えれば”認めた”って事……アウレーリアがあの剣で十四郎に挑めば、十四郎に勝ち目はない……今のところはね」
「今のところだと?」
ローボはライエカの話に納得がいかなかった。
「あの剣は、あなたが思ってるより危険だよ……多分、十四郎でも持て余す……だから、力を押さえるにはアウレーリアに持ってもらうしかない」
「だがな……」
ローボは途中で言葉を飲み込んだ……。
「まあ、見てなさい。腕のある人間が持つだけでも、あの剣の凄さが分かるから」
ライエカは、十四郎の背中に少し視線を落とした。
「でも、十四郎の顔を見ろ」
「何か、心配して損みたい……」
ニヤリとローボが笑い、ライエカが十四郎の横顔見て溜息をついた。その顔には、喜びに近い、ドキドキしている様な期待感が溢れていた。




