決断
ココは娘の居場所を鋭い視線で探っていた。ルイーゼに剣を突き付けられた時、部屋には娘の姿がなかったのだ。瞬時に娘は”保険”の為に違う場所にいると察したココは、簡単に投降したのだった。
そして、その時は訪れた。両脇を騎士に囲まれ、娘が屋敷の二階から身を乗り出した。
「十四郎様! 」
「承知しました」
ココの叫びを聞いて瞬時に察した十四郎は壁を伝って、あっという間に二階のベランダに昇った。あまりにも素早い動きに敵兵達は声を出す暇もなく、十四郎は当身で護衛? の二人を瞬時に倒した。
「あなたは、何なのですか?」
「私は、ただのサムライですよ」
目を見開く娘に、十四郎は穏やかに微笑んだ。
「トゥルーデ! 離れなさいっ!」
「決めるのはトゥルーデだ」
思わず叫ぶルイーゼに、ゼクスは静かに言った。
「まだ、子供なのよ! 何を決めるって言うのっ?!」
「何が正しいか、だ……」
ルイーゼを見詰め、ゼクスは穏やかに言った。
「何が正しいですって? 青銅騎士の約束された生活を捨てて私達を路頭に迷わせ、国王陛下に背く事が正しい事ですか?」
「……」
家族の意見に耳を傾けず、自分の意思を押し通したゼクスは言葉が出なかった。しかし、そんな両親の様子を他所にトゥルーデは十四郎に興味津々だった。
「あなたは、本当に魔法使いですか?」
多分メグと同じ位だろう、トゥルーデは真っ直ぐに十四郎を見た。
「そう呼ぶ人もいますが、私は違うんじゃないかと……」
頭を掻きながら、十四郎は苦笑いした。
「強いんでしょ?」
「ええ、まあ……」
思わず微笑むトゥルーデに、十四郎はまた苦笑いした。
「もっと、怖い人かと思ってた」
小さく息を吐いたトゥルーデは、溜息交じりに呟いた。
「どうしますか? トゥルーデ殿」
「あなたは、どうしたいの?」
聞いた十四郎に、トゥルーデは聞き返した。
「はあ、お二人を助け出して、ゼクス殿を苦しみから解放してあげたいと……」
「パパは苦しんでたの?」
少し首を傾げトゥルーデが聞くと、十四郎は真剣に答えた。
「はい。ゼクス殿は真っ直ぐな人ですから……でも、ですね、家族を最優先って事は、私も支持します」
「変な人ね……パパは、あなたを裏切ったのよ」
「裏切ってなどいませんよ、現に今は一緒に戦っています」
笑顔の十四郎が見詰める先には、心配顔のゼクスがいた。
「不器用で無口で……家に殆ど帰らないし……でも、パパは強くて優しいの……」
「それではトゥルーデ殿、どうしますか?」
「私とママを助け出して下さい」
十四郎の問いに迷う事無くトゥルーデが答えると、十四郎は笑顔で言った。
「承知しました。お二人を助けます。おっと、ゼクス殿もです」
それまで唖然とベランダの様子を見ていたズィーベンが急に我に返った。
「何をしている! 奴らは丸腰なんだぞ!」
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十四郎はトゥルーデの手を引き、普通に廊下に出た。
「大丈夫ですよ」
不安そうなトゥルーデに、十四郎は笑顔で言った。だが、前方には剣を構えた騎士が数人、狭い廊下では十四郎の超速を生かしきれないとトゥルーデは思った。
しかし、十四郎は平然と歩いて行く。
「前……大勢いるよ……」
「そうですね」
怯えるトゥルーデだったが、握った十四郎の手はとても暖かかった。そして、トゥルーデの手をそっと放した十四郎は、振り向くと優しく笑った。
「ちょっと、待っていて下さいね」
十四郎は剣を構える騎士達に、そのまま近付いた。騎士達は一瞬後ずさるが、一人の騎士が斬りかかると一斉に十四郎目掛けて突進した。思わず目をつぶるトゥルーデが、恐る恐る目を開くと廊下中に倒れた騎士の姿があった。
「……何したの?……死んじゃったの?」
声を震わせるトゥルーデに、十四郎は微笑んだ。
「まさか、死んではいませんよ。気を失ってるだけですから」
そしてまた、トゥルーデの手を引くと十四郎は出口に向かった。
「取り囲め! 一斉に斬りかかるのだ!」
屋敷を出ると、ズィーベンが待ち構えていた。直ぐにビアンカ達が、十四郎の前に出るが剣を捨てた姿にズィーベンが高らかに笑った。
「お前達に素手で何が出来る? 魔法使いの様に戦えるのか?」
「十四郎様! ルイーゼ殿も確保しました」
そんなズィーベンを完全に無視して、ココは何時の間にかルイーゼから剣を取り上げ動けないように腕を後ろ手に捕まえていた。
「ゼクス殿、トゥルーデ殿を頼みます。ビアンカ殿、ツヴァイ殿、ノィンツェーン殿、逃げる準備はいいですか?」
トゥルーデをゼクスに渡し、二人が抱き合う姿を見ながら十四郎はビアンカ達に微笑んだ。
「でも、十四郎。物凄い数ですよ、どうします?」
「そうですね……簡単に逃がしてくれそうにないですね」
ビアンカが普通に聞き、十四郎は他人事みたいに言った。
「十四郎様、私とノィンツェーンで活路を切り開きます。その隙に……」
身構えたツヴァイが目前に広がる敵を見据えて言うが、十四郎は前に出ながら背中で言った。
「その役目は私にさせて下さい。ツヴァイ殿は皆さんを率いてこの場を……」
「しかし、十四郎様。剣も無しに、この数では……」
あまりの数の多さにツヴァイは眉をひそめるが、振り向いた十四郎は笑顔だった。
「大丈夫ですよ……」
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「あれは?……」
バビエカは、アルフィンの横に輝く純白の馬を見つけた。
「あれは、シルフィーです」
手綱を引いたアウレーリアが、静かに言った。
「天馬アルフィンに、神速のシルフィーか……」
甲乙付け難い美しさが、バビエカの疲れを忘れ去らせた。
「あの人……待って、アルフィン」
シルフィーはアウレーリアに気付き身を固くするが、アルフィンは嬉しそうにバビエカに近付いた。
「遅かったね……」
「十四郎は?」
アルフィンの出迎えに、アウレーリアは無表情で聞いた。
「戦ってる……約束、忘れてないよね?」
「忘れてない……」
バビエカを降りたアウレーリアは、アルフィンの問いに少しだけ微笑んだ。
「約束?」
近付いて来たシルフィーが、首を捻るとアルフィンが嬉しそうに説明した。
「人の命を奪わないなら、十四郎の傍にいれるって約束」
「アルフィン、それって……」
瞬時にビアンカの事が、シルフィーの脳裏を霞めた。
「驚いたよ、こいつが約束だなんてな」
バビエカの脳裏にも、アウレーリアが今までしてきた虐殺が浮かんだ。
「あなたは?」
「俺はバビエカ、イタストロアで一番……えっ、あいつは?」
シルフィーに問われ、自分の事を言おうとした場合だったが、直ぐにアウレーリアがいない事に気付いた。
「まずいっ!」
「大丈夫だよ」
シルフィーは叫んで駆け出そうとするが、アルフィンは穏やかな笑顔で止めた。
「だって、あの人……」
「多分、そんなに悪い人じゃないから」
食い下がるシルフィーに、アルフィンはまた穏やかに言った。
「そうかもしれんな……」
直ぐにバビエカも賛同するが、シルフィーは胸騒ぎが収まらなかった。
「……そうだと、いいけど」
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「おい……」
顔面蒼白のアハトが、ズィーベンの肩を掴んだ。それは物凄い力で、しかも微かに震えていた。
「何だ?」
「あれを……」
ナインも、言葉を詰まらせる。
「だから、何だ?」
ナインが指さす方向にズィーベンが目を凝らすと、砂埃で霞む彼方から人影が見えた。それは、ゆっくりと近付いて来た。
やがて、それは”女”だと認識出来たが……真っ先に目に飛び込んで来たのは、鎧の胸元に輝く”逆さ十字”の紋章だった。
「……そんな、まさか……」
ズィーベンの顔から血の気が引き、全身を滝の様な汗が滴った。




