守るべきモノ
剣を振り下ろすと同時に、ズィーベンは目で合図した。その瞬間、アハトがビアンカの後ろから同時に斬りかかる。
だが、ビアンカは一瞬早かったアハトの剣を後ろ手で受け、そのまま正面へ刀を振るってズィーベンの剣を受け流した。驚くべき事に、アハトの剣を受けた瞬間、後ろ蹴りで次のアハトの攻撃を封じていた。
一旦下がったズィーベンは目を見開き、アハトは苦しそうに腹部を押さえた。
「全ての動きに無駄が無い……流れる様な一連の動作で、ズィーベンとアハトの剣を封じた」
全てを見ていたナインが解説するが、怒りに肩を震わせたズィーベンが鋭い視線で言い放つ。
「それで? 弱点は見えたか?」
「受けるのは完璧だな。俺が入ったとしても、全てを避ける事は出来そうだ……だが……」
三人の中で、相手の強さを分析する事に長けたナインだったが、ズィーベンは声を荒げた。
「勿体ぶらずに言え!」
「防御は完璧だが、我らの同時攻撃を受けながら反撃する余裕はないだろう」
「そう言う事か……」
怒りの表情が収まったズィーベンは、剣を肩に乗せて不敵に笑った。三人の攻撃は、まずズィーベンが斬りかかり、アハトが援護、ナインが相手の手の内を分析、そして三人が分担して相手の弱点を突いて殲滅……それが最強と言われた三兄弟の戦法だった。
つまり三段構えの戦法……強い相手なら、一つずつの攻撃は躱せるかもしれない。だが、同時攻撃なら、どんなに強くても躱す暇さえ与えない……はずだと、ズィーベンは確信した。
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「ビアンカ様!」
十字騎士と戦いながらもツヴァイは、ビアンカの事が心配で堪らなくて何度も声に出して叫んでしまった。
「集中しろ! 前から四人来る!」
ゼクスは叫びながら、ノィンツェーンに迫る十字騎士を蹴り飛ばした。しかし、顔は平然としているが、まだ傷は癒えてなくて剣を振るだけでも全身を激痛が走った。
「ゼクス! ビアンカ様の援護に行って!」
強いと言っても青銅騎士二桁ナンバーのノィンツェーンでは、多数の十字騎士を相手にするのは精一杯で、まして十四郎流の戦いは完全にキャパを超えていた。
「お前が死ねば、十四郎様に申し訳が出来ない。それに、ビアンカ様の目の前だ……」
青銅騎士を殴り倒し、一息ついたゼクスが息を弾ませながらノィンツェーンに背中で言った。
「私は……」
ノィンツェーンにも分かっていた。今の実力では、十字騎士相手には力不足だと。一対一ならなんとか倒せるが、複数で来られたら太刀打ちできない……悔しさで唇を噛み締めたノィンツェーンだったが、振り向いたビアンカの微笑みに救われた。
「ゼクスの家族を助けましょう、大丈夫ですよ」
「はい!」
途端に力がみなぎる! 不安や苛立ちは嘘の様に消えた。ノィンツェーンは、目前の十字騎士に集中した……それが、今の自分に出来る全てだと。
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ズィーベン達三人の攻撃が、次第に加速してシンクロして行く。防戦一方のビアンカが、押され始めていた。だが、攻撃を続けるズィーベン達三人にも言い知れぬ不安感に包まれ始めていた。
「まだかっ!」
「わからないっ!」
思わず叫ぶズィーベンに、ナインが叫び返した。
「一旦下がれっ!」
アハトは、事態打開に間を取る為に提案を叫ぶと、二人は同時に下がった。肩で息を切らせるビアンカを見ると後少しだとは感じるが、ビアンカの瞳に闘志は消えてなかった。
「これ以上は無理だ」
「同感だ……無傷ではな」
アハトの諦めの混じる言葉に、ナインも同調した。何としてもビアンカを手に入れたいズィーベンだったが、例え手に入れたとしてもビアンカが自分に振り向くことは無いだろうと肌で感じた。
「もういい……手に入らないなら、消すまでだ」
完全に振り切ったズィーベンが剣を構え直し、アハトとナインも態勢を立て直した。
「まずいっ!」
青銅騎士を蹴り飛ばしたツヴァイが叫ぶ! 今度ばかりはゼクスも顔色が変わる。ビアンカを無傷で捕えようとしていた時とは違う……今度は確実に倒しに来る。
だが、数で押してくる十字騎士相手にツヴァイは身動きが取れなかった。
「ノィンツェーン!!」
「分かったっ!!」
ゼクスの叫びで瞬時に意図を理解したノィンツェーンは、目前の十字騎士を殴り倒すと超速でツヴァイの元に来た。
「ここは私とゼクスに任せて! あなたはビアンカ様の元にっ!」
「すまんっ!」
駆け寄ろうとしたツヴァイの目に、ズィーベン達三人が同時に斬りかかる光景が飛び込んだ。
「ビアンカ様っ!!」
ツヴァイの叫び声が大空に響き渡った。ビアンカは三人の攻撃を何度か躱すが、一瞬の対応が遅れる! ズィーベンの剣がビアンカに届こうとした瞬間! 白い影がビアンカの直前でズィーベンの剣を轟音と火花を散らしながら受け止めた。
「十四郎……」
唖然と呟くビアンカに、振り向いた十四郎が笑顔で言った。
「ビアンカ殿。三方からの攻撃は、一振りで躱さないといけません」
「そのつもり、なのですが……」
俯くビアンカは十四郎が来てくれた事への嬉しさと、何故来たのかと疑問が頭の中で交錯していたが、触れられる程に傍にいる十四郎の背中が全てを不問にした。
だが、ズィーベン達には当然違っていた。
「貴様、何者だ?」
渾身の一撃を受けられた事への驚きも、十四郎の戦闘的でない容姿に惑わされ、上からの目線で睨み付けた。
「私は、柏木十四郎です。ゼクス殿の家族を助けに参りました」
「何だと?」
聞きなれない異国の名前、そして優しそうな容姿にズィーベンは困惑するが、耳打ちするナインの言葉に戦慄した。
「多分、あれが魔法使いだ……」
「ああ、噂に聞く容姿と一致する……」
直ぐにアハトも同意するが、刀を抜いただけで構えもしない十四郎の姿に、ズィーベンは背筋を凍らせていた。自分達がどんな攻撃を仕掛けても、全く勝てる予感がしなかったからだ。
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完全な膠着状態だった。ツヴァイ達も十四郎の傍に集まって来た。
「十四郎様、何故ここへ?」
「それは、その……」
ツヴァイの問いに頭を掻いて言葉を濁す十四郎だったが、ビアンカをはじめツヴァイ達全員が安堵感に包まれていた。
そして、ズィーベン達や十字騎士達も戦いを中断して固唾を飲んでいた。
「剣を捨てて下さい!」
そんな膠着状態を破ったのは、ゼクスの妻の叫び声だった。
「ルイーゼ、お前は何を?」
唖然と呟くゼクスの目に、縛られたココに剣を押し付ける妻が映った。
「あなたは国王陛下を裏切ってません……今なら、まだ間に合うのです」
「その男を放せ」
懇願するルイーゼに、ゼクスは怒気を込めて言い放った。
「いいからっ! 剣を捨てて投降してして下さい!」
泣き叫ぶルイーゼは、ココに剣を突き立て様と振りかぶる。
「分かりました」
「十四郎様……」
刀を仕舞うと、十四郎は鞘ごと刀を捨てた。唖然とするゼクスを他所に、ビアンカもツヴァイもノィンツェーンも剣を捨てた。
「何故、ですか?」
「あなたの家族も、ココも……必ず守りますから」
俯き言葉を震わせるゼクスに、十四郎は笑顔を向けた。




