十字騎士団
屋敷の門は閉じられ、周囲を囲む高い塀には棘が占領していた。屋敷と言うより砦に近い外見に、ツヴァイの胸が激しく鼓動した。
だが、目の前のビアンカとシルフィーは一瞬止まると後方に回り込み、距離を取った後に一気に加速した。
「まさか……」
目を見開くツヴァイの目前で、シルフィーが空高く舞った。普通の馬なら到底飛び越えられそうもない門を、簡単に飛び越えた。
「あんなの無理よぉ?!」
ノィンツェーンの叫びと同時に、ツヴァイはゼクスに叫んだ。
「肩を貸せ!」
「おう!」
ゼクスは直ぐに門に馬を寄せる。ツヴァイは馬に乗ったままのゼクスに飛び付き、肩を踏み台にして門を乗り越えた。そして、素早くビアンカの後ろ姿を確認すると、門の錠を力任せに外した。
だが、その背中に数人の兵が斬りかかる! 振り向き様に剣を横薙ぎ! 一瞬で数人を倒したツヴァイは、直ぐにビアンカを追った。
ゼクスは錠の開いた門を、肩で強引に抉じ開ける。同時に隙間からノィンツェーンが飛び込んで周囲の敵兵を薙ぎ倒し、遅れて入ったゼクスも手当たり次第に敵兵を倒した。
「ビアンカ様……」
敵兵に取り囲まれたココは、目を疑った。既に矢は尽き、腰の短剣を構えた状態のまま膠着状態になっていた。
「これは……」
ココを広い場所に追い込み、楽しむ様に取り囲んでいたズィーベンは唖然と呟いた。目前に降臨したビアンカは、常識さえ超越した美しさで周囲の背景さえ歪める程だった。
「あれは、モネコストロ随一の美貌の女騎士……確か、ビアンカ殿……」
アハトも何かに取り憑かれた様に呟く。
「聞きしに勝る美しさだ……」
生唾を飲んだノインも、声が震える程だった。
「大丈夫ですか?」
ゆっくりとシルフィーを降りたビアンカは、ココに微笑んだ。
「はい、何ともありません。人質も無事で、屋敷の三階に」
「よかった……あなたは、助けに行って下さい」
「承知しました」
片膝を付いたココは、風の様に屋敷に向かった。取り囲む敵はビアンカの放つオーラに抑えられ、誰もが話す事さえ出来ないで石像みたいに固まっていた。
だが、動けない兵士を掻き分け純白のマントをまとった集団が現れた。そのマントには赤い
十字が描かれ、ローブの様な服の胸にも十字が描かれていた。そして、その下には鎧ではなく鎖カタビラを着ていた。
そして、一人の男を除き皆が円柱状の兜を付け、異様な雰囲気を醸し出していた。
「ビアンカ様、お気をつけ下さい。あれは、十字騎士団です……」
「十字騎士団?」
首を捻るビアンカに、傍に来たツヴァイは眉を潜めて話す。ココの調べでは居なかった、厄介な集団だった。
「教会の騎士団です」
「教会のですか?」
ビアンカには分からなかった、ツヴァイが顔をしかめる理由が。
「ええ、彼らは悪魔を払う集団です。彼らの目標は……魔法使いである、十四郎様。そして、逆さ十字の紋章……つまり、アウレーリア」
狙いは十四郎……それだけでもビアンカの胸は痛んだが、アウレーリアと言う名前を聞いただけでビアンカ胸の違う場所がズキズキと痛んだ。
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「魔法使いは来ますか?」
十字騎士団の中でも一人だけ兜を被らず、壮年で立派な白い髭を蓄えた男がビアンカを見詰めながら低い声で言った。
「来ないと思います」
ビアンカも男を見詰めた。
「では、アウレーリアは?」
男はビアンカの瞳の輝きに、少し目を細めて更に聞いた。
「彼女も来ないと思います」
即答するビアンカの瞳から、一瞬の陰りが見えた。
「神は唯一、我々の神だけです……魔法使いも、アウレーリアも存在してはならないのです」
男は胸に手を当て、目を伏せた。
「……十四郎は、あなた方が考えている様な人ではありません……普通の人です……優しくて、強くて……でも、とても繊細で傷付きやすい人です……」
十四郎の事を脳裏に浮かべながら、ビアンカは言葉を紡いだ。
「これは異なこと……魔法使いは一人で幾千の敵を倒し、傷一つ負わない。アウレーリアに至っては、悪魔の様に残虐で……」
「彼女も普通の人です……ただ、強すぎるだけの……」
男の言葉を途中で遮りビアンカは男を見詰めるが、脳裏に浮かぶアウレーリアの美しい横顔が心を揺さぶった。
「普通? 眉一つ動かさず、アウレーリアは人の命を奪います……まるで虫けらを踏み潰す様に……そこには何の感情も無いのです……」
「……」
その言葉には、ビアンカも言葉を失った。確かに殺戮をするアウレーリアに、感情は見えなかった。
「話は終わったか?」
それまで黙って聞いていたズィーベンが、男を押し退けてビアンカの方に進み出た。
「貴様、何をする?」
男はズィーベンの肩を掴むと、強い口調で言った。その手を乱暴に振り解き、ズィーベンも激しく男を睨み付ける。
「お前達には、いい加減うんざりだ。第一、俺達は神など信じていない」
「今、何と言った?」
男の目に炎が燃え上がり、他の十字騎士もズィーベン達を取り囲むと、アハトとノインがズィーベンの横で剣を構えた。唖然とするビアンカやツヴァイ達を置き去りにして、ズィーベン達と十字騎士団が睨み合った。
「どうする? 先に俺達を粛正するか?」
「それは名案だな。神の怒りを受けるがいい」
ズィーベンも剣を抜くと鋭い眼光で男を睨み、正対した男は天を仰ぐとゆっくりと剣を抜いた。
「一つ教えておいてやる」
「何をこの期に及んで……」
口角を上げたズィーベンの言葉に、男は更に鋭い視線を投げた。
「幾らお前達に神が付いていようと、戦うのはお前達自身だと言う事だ」
そう言い放ったズィーベンが男に斬りかかると、同時にアハトとナインが周囲の十字騎士団が割り込めない様にを牽制した。
ズィーベンの剣は速かった! 男が剣で受けようとするが完全に遅かった。だが、ズィーベンの剣が男の首筋に突き刺さる瞬間! 激しい金属音で剣が弾かれた。
「何だ?」
一瞬の出来事に、ズィーベンの思考が乱れた。
「止めて下さい」
凛とした声に振り向くと、そこには金色の髪をなびかせたビアンカの姿があった。
ズィーベンの剣は、ビアンカの刀に弾き返されていた。刀を抜いたビアンカを見て、やっと事態を把握したズィーベンは真剣に突いた自分の剣が弾き返された事に驚きを隠せなかった。
「見えなかった……」
「ああ、確かに傍にはいなかった……」
アハトが唖然と呟き、ナインは記憶と照合して悪寒に包まれた。
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視界から完全にアルフィンの姿は消えていた。バビエカの脚は鉄の様に重く、心臓は爆発しそうだった。そして、更に悔しかったのは途中でローボにも置いていかれた事だった。
「な、何も言わない、のか?」
息を切らせたバビエカが聞くが、アウレーリアは何も言わずに微笑んでいた。十四郎に付いて行く、それだけでアウレーリアはいいのだろう。だが、バビエカは頭の片隅で考えた……もしも、十四郎を追わないと言ったら……。
その答えは振り返って見た、アウレーリアの微笑みの先にあった……それは”死”だと、バビエカは直感した。
「行く、しか、ないな……」
途切れる消えそうな声でバビエカが呟くと、もはや感覚のなくなった脚が地面を蹴った。湧き上がる力が、完全にガス欠状態のバビエカを復活させた。
それは、アウレーリアを恐れたのではない。アウレーリアの望みを叶えてやりたいと、心から思ったからだった。




