魔法と言う魔法
「お前の速さ、俺に見せて見ろっ!」
鼻息も荒く、バビエカがアルフィンに迫った。
「そんなこと言われても……」
困ったアルフィンが十四郎を見るが、十四郎は急に真剣な顔をした。その瞬間、大鷲がローボの元に舞い降りた。大鷲がローボに耳打ちすると、ローボの顔も険しくなった。
そして、一瞬考えた後に十四郎に向き直った。
「言いにくい話だが……」
「案内して下さい」
ローボが話す前に、十四郎は直ぐに遮った。
「お前、分かるのか?」
「ええ、大体は……目が見える様になってから更に勘が鋭くなりました」
少し驚くローボだったが、十四郎は平然と言った。だが、その顔には笑みはなかった。
「そうか……人質の奪還だが、かなり困難の様だ。青銅騎士を含め、かなりの人数が屋敷を固めている。四人では手を焼くだろうな」
「……アルフィン殿、お願いします」
十四郎は落とした視線をアルフィンに向けると、直ぐにアルフィンは頷いた。
「分かった。行こう、十四郎」
「ちょっと、待て。俺との勝負はどうなる?」
少し慌てたバビエカは、またアルフィンに詰め寄った。
「ごめんなさい。急用が出来たので、この次ね」
「そんな事どうでもいい! 俺と勝負しろっ!」
すまなそうに謝るアルフィンに、バビエカが声を荒げる。
「すみません……あの、……」
「バビエカだっ! お前こそ、アウレーリアはどうするんだっ!」
名前を知らない十四郎に、バビエカは叫んでアウレーリアの方を見るとアウレーリアは十四郎の腕をそっと指先で掴んでいた。
「すみません、アウレーリア殿。急用が出来たので、また……」
「そんなんでアウレーリアが納得する訳が……」
アウレーリアに十四郎が頭を下げると、バビエカはアウレーリアが暴れる様子を想像した。だが、アウレーリアは俯いたまま消えそうな声で呟いた。
「私も……行って……いいですか?」
「それは……」
困り果てた十四郎だったが、アルフィンは静かにアウレーリアに聞いた。
「約束出来る? 命を奪わないって……そうしたら、十四郎と一緒に行けるよ」
「無理だ……それに、あそこにはビアンカもいる。どうなっても知らんぞ」
素早くアルフィンに耳打ちしたローボだっが、アルフィンは笑顔で言った。
「多分、大丈夫だよ」
「大丈夫ってお前……私には修羅場の場面しか想像できないぞ」
呆れるローボに、またアルフィンは微笑んだ。
「だって、ケンカしたら十四郎が悲しむもん」
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「なんて速さだ……」
全力で走ってるのに、アルフィンとの差は開くばかりだった。
「バビエカ……離されてますよ」
「分かってる! これからだっ!」
手綱を持つアウレーリアは少し悲しそうな目でバビエカを見るが、バビエカは息を弾ませながらも叫んだ。見開いた視界には、空を飛ぶように疾走するアルフィンの後ろ姿が陽炎の様に映る。
胸の底から湧いてくるのは、怒りや嫉妬を超えた憧れに近い何かで、バビエカは少しも不快にはならなかった。だが、やがて脚は鉛の様に重くなり、心臓は喉から飛び出しそうになる。
そして、アルフィンの姿は視界から消えた。
「少し休みますか?」
直ぐに追えと言われるかと思ったが、アウレーリアは優しくバビエカの首筋を撫ぜた。呆気に取られていると、追い付いたローボがバビエカの横に並んだ。
「落ち込む必要はない。あのシルフィーでも、今のアルフィンには敵わない」
「多分、そうだろうな……」
違う事を言おうとしたが、バビエカの口からは素直な言葉が漏れた。
「しかし、どう言う事だ? この女は破壊と殺戮しかないはずだが……」
「さあな……始めて会った時のコイツは、正にアンタの言う通りの”魔物”だったのにな……」
首を捻るローボを見て、バビエカは力無く笑った。
「もしかして……かかったのか……」
「何にだよ?」
真剣な顔のローボが呟くと、バビエカは溜息交じりに聞いた。
「魔法だ……十四郎の、な」
「……魔法か……」
何故か妙に納得出来たバビエカは、呼吸を整えるとアルフィンの背中追って走り出した。既に脚の重さや、心臓の鼓動は癒えていた……。これも魔法かなと、十四郎の顔を思い出したバビエカだった。
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「ロメオ殿、城の再構築、お願いしても宜しいでしょうか?」
「それは構わないが、マルコス殿はどうされる?」
合流したロメオに、マルコスは頭を下げた。
「私はモネコストロ王宮に出向き、事と次第を話し協力を具申します」
「果たして王族が、我々の計画に賛同するでしょうか?」
ロメオの危惧は当然で、小国と言えモネコストロは立派な王国。計画は自由と平等の平和な世界……それは支配者にとって、権力を含め全てを捨てる事を意味していた。
「我が国王陛下は、ご高齢です。お世継ぎの王女殿下は、まだ幼い……陛下は国民と王女殿下の行く末だけを心配しておられます……保身など、我が国王陛下には無縁です」
「聞き及んでいます。陛下のお噂は……」
アレクシス・ド・グリマルディ……大陸随一の賢王と言えど、王は王。ロメオに疑心が無いと言えば嘘になるが、脳裏に浮かぶのは十四郎の笑顔だった。その笑顔は、ロメオの疑心を簡単に晴らした。
「ロメオ殿の手で、パルノーバをも上回る城にして下さい。資材全てはダニーとアリアンナが揃えます」
「私はパルノーバ陥落の将ですよ」
更に深々と頭を下げるマルコスに向かい、ロメオは苦笑いした。
「どんな軍でもパルノーバを陥落させる事は不可能でした……将としてのロメオ殿の名声は揺るぎません。落とされたのは、相手が十四郎だからこそです」
「そう……ですね」
難攻不落のパルノーバを落としたのは、確かに十四郎だった。思い出したロメオは、小さく溜息をついた……これも、魔法なのかなと思いながら。




