狩人
「もう、いいでしょう……」
十四郎は鎧の男に、穏やかに言った。
「……何が、いいのだ?」
恐怖とプライド、そして”欲”が鎧の男の声を震わせた。横目で見るアウレーリアの美しさと、アルフィンの素晴らしさ……その所有欲だけが、鎧の男の剣を抜かせた。
左足を引き、左手親指で鯉口を切り十四郎は、刀の柄にゆっくりと右手を添えた。そのまま、やや腰を落として、十四郎は呟いた。
「お相手します……」
「剣も抜かずにっ!」
叫ぶと同時に斬り掛かる鎧の男だったが、一歩出た瞬間に顔の前を風が過った。そして、肩の辺りに痛みが走ったと感じた瞬間、意識は体を離れた。
側近達には十四郎が刀を抜くのが見えなかった。だが、恐怖で体が固まる前に雄叫びを上げながら、十四郎に向かい突進した。今度はゆっくりと刀を抜いて、十四郎は正眼に構えた。
その構えに一部の隙もなかったが、お構いなしに斬りかかる。だが、側近達の剣が十四郎の刀と交わう事さえなかった。
「何で倒れるんだ?……」
唖然と呟くバビエカの目が大きく見開かれるが、アルフィンは普通に言った。
「言ったでしょ、十四郎は大丈夫だって」
そして、やや俯いたまま頬を染めるアウレーリアに、真剣な目でバビエカは向き直った。
「お前、魔法使いと戦う為に魔剣を手に入れたんだよな?」
「……はい」
小さくアウレーリアは頷くが、とても戦おうとしている様には見えなかった。
「いい加減にしろよっ! お前が戦いたいって言うからっ!」
その場で興奮しているのは、バビエカだけだった。
「お前こそ、いい加減にしろ。さっきから、煩い……」
「仕方ないだろっ! コイツが戦いたいって言うから、こんなとこまで来たんだぞっ!」
迫力ある目でローボが睨むが、バビエカは更に声を上げた。
「私も、戦いたくはありません」
興奮するバビエカの方を十四郎は穏やかに見るが、バビエカは声を荒げる。
「なら、何故ここに来たっ?!」
「本当はね、あの人を止める為に来たんだ……あの人、私達の仲間に危害を加えるかもしれないから……」
小さく悲しそうな声でアルフィンは呟くが、バビエカは更に分からなくなった。
「何故だ……止める為だと?……ならば、何故戦いを拒む?」
「人は分からない……だが、コイツは人の中でも一番分からない奴だ」
少し口元を緩め、ローボが十四郎を見た。同じようにバビエカが十四郎に視線を移すと、そこには穏やかに佇む姿があり、更にすぐ傍に寄り添う様に俯いたままのアウレーリアがいた。
「本当に……どうしたんだ?……」
「一緒だ……お前がアルフィンを見た時と……」
唖然と呟くバビエカに向かい、ローボが静かに言った。その言葉がバビエカの胸に突き刺さり、視線を向けたアルフィンの姿が眩しかった。
「何を言っている?……」
辛うじて、その一言だけ言ったバビエカは黙り込んだ。
「あらら、これは想定してなかったね……」
ふいにライエカが、十四郎の肩に舞い降りた。
「ライエカ殿?」
「何しに来た?」
驚く十四郎をよそに、ローボが溜息を付いた。
「……ライエカだって?」
急にバビエカの顔が青ざめる。
「どうしたの?」
「あのライエカだぞ! お前、知らないのか?!」
ポカンと呟くアルフィンに、興奮したバビエカが怒鳴った。
「知ってるよ、十四郎と友達なんだよ」
「……と、友達?」
ローボがいるだけでも驚きなのに、ライエカまで……バビエカは体中から噴き出す汗と、心臓の鼓動で吐き気を感じた。そんなバビエカなど放っておいて、ライエカは十四郎の耳元で聞いた。
「どう思う、あの剣?」
ライエカはアウレーリアの腰に下がる剣を見詰め、十四郎も真剣な目で答えた。
「そうですね、今までに感じた事のない”気”ですね」
「正に、とてつもない妖気ね……」
「しかし、アウレーリア殿が完全に抑えています」
「そう……あの魔剣が従ってる」
「だから、何しに来たんだ?」
十四郎とライエカの会話に割り込み、ローボは大きな溜息をついた。
「何しにって、あなたと同じなんですけど」
「私は……」
ライエカの言葉に、ローボは赤面した。
「十四郎が心配で付いて来たんだよね」
「うるさい! もう大丈夫だ! お前は帰れっ!」
「おお、怖い……じゃあ十四郎、またね」
笑顔のライエカは、そう言い残すと大空に舞った。
「フ~、で、この後どうする?」
大きな溜息の後、ローボが十四郎を見た。
「どうしましょうか?」
十四郎は苦笑いした。ずっと前からアウレーリアは、俯き加減で十四郎の傍に寄り添っていたから。
「……もういい、そんな奴はもう知らん……アルフィン、オレと勝負しろ」
「えっ? ワタシ?」
業を煮やしたバビエカは、鋭い視線でアルフィンを見詰めた。
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「この先、貴族の別荘があります。そこに囚われている可能性が」
「そうですか……」
戻ったココが、ビアンカに報告した。アルマンニ領内に入ったのはいいが、ゼクスの家族が囚われている場所は特定できず、ココが先回りで情報収集していたのだった。
「全く、何も知らないで来るんだもんね……」
背伸びしながらノィンツェーンは呆れ声を出すが、ツヴァイは真剣な目でココを見た。
「それで、敵の人数は?」
「厄介な事に青銅騎士の上位ナンバーが数人、弓兵や騎兵も大勢いる」
「何よそれ?……完全に待ち伏せじゃない?」
呆れた様にノィンツェーンは言うが、ツヴァイは真剣な顔を崩さなかった。
「それなら、確定だな」
「ああ、間違いない」
ココはツヴァイの視線を受け止め、ノィンツェーンが腕組みしながら言った。
「作戦なんだけど……私達三人が囮になって、その隙にココが救出する……と、言うのはどう?」
「我々が姿を現した時点で、敵は救出に来たと知る。従って、人質の周囲は人数を配置して固めるはず……ココだけでは無理があるな」
ノィンツェーンの提案を、ツヴァイは直ぐに否定した。
「じゃあ、どうするのよ? 全員で突っ込む?」
溜息交じりのノィンツェーンだったが、ココは笑みを浮かべた。
「最終的にはそれだな。だが、まずは居場所を特定だ。中途半端に突っ込こんで、人質を盾にされたら手も足も出ない」
「また、ココが行くの?」
ノィンツェーンは少し不安そうな顔をするが、ココは笑いながら言った。
「俺は近接戦闘は苦手なんだ、なんせ弓を使う狩人だからな……だが、狩猟の技は生かせる……誰にも気付かれず、獲物に接近する」
「お前は、モネコストロ最高の狩人だ」
ツヴァイがココを鋭い視線で見ると、ココも強く頷いた。確かに騎士としての強さとは違うが、戦闘の於いての強さをツヴァイは認めていた。
「お願い……気を付けて」
ビアンカは泣きそうな顔で、ココを見た。
「いやぁ、ビアンカ様に言われると、何だか照れるなぁ~」
急に表情を崩したココは、鼻の下を伸ばした。
「前言撤回……お前なんか、敵に見つかってゴウモンでも受ければいい」
「そうよ、鼻の下なんか伸ばして……」
呆れ顔のツヴァイが呟き、ノィンツェーンも怒った様に背中を向けた。
「あなたが無事じゃないと、リルに顔向け出来ない……」
そんな遣り取りを見ていたビアンカだったが、笑顔なく呟いた。
「大丈夫です。必ず無事に戻ります……妹を悲しませたりしません」
緩めていた顔を引き締め、ココは一礼の後に森の中に消えた。見送るビアンカの不安そうな横顔はツヴァイの胸をキュンとさせ、ノィンツェーンも心の中でココの無事を祈った。




