魔法使いの馬
次の日の夕方、十四郎は馬小屋にやって来た。騎士の正装ではなく、何時もの着物で。
「アルフィン殿、馬小屋を作っています。もう少し待っていて下さいね」
笑顔の十四郎は穏やかで優しくて、アルフィンは感じた事の無い感覚に包まれた。
「シルフィー殿、アルフィン殿と仲良くしてあげて下さいね」
十四郎はシルフィーを撫ぜながら優しく言った。
「はい、十四郎。アルフィンは本当は良い子なんですよ、恥ずかしがり屋なだけです」
「シルフィー、何を言うの!」
赤面したアルフィンは、少し胸がチクチクした。
「分かってますよ。それでは、アルフィン殿」
一礼して帰る十四郎の背中は、何故かアルフィンの胸のチクチクを少し癒した。
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「十四郎、もうすぐ完成だね。アルフィン、喜んでくれるかな?」
手伝っていたメグが、嬉しそうに笑う。勿論、十四郎を慕い大勢の街の人が手伝いに来ていた。祭りみたいな雰囲気にメグは大喜びし、ケイトも忙しくお茶や食事の準備に追われる。
アルフィンが家に来る事を打ち明けた時、メグは大喜びで賛成し、ケイトもすんなり了承してくれた。十四郎はそのことが嬉しくて、直ぐに材料の調達や小屋造りのノウハウを仕入れに街に行ったが、話を聞いた街の人はアドバイス所か、大勢がボランティアで協力したくれたのだった。
「皆さんのお陰で、立派な小屋が出来そうです」
腕まくりの十四郎も、笑顔で答える。手伝う街の人々も、一応に笑顔で答えた。
「天馬アルフィンと言えば、近隣諸国でも有名な馬だぜ。あのシルフィーと互角に戦える唯一の馬だ、その価値は下手な領地にも匹敵するらしい」
皆が忙しく働く中、寝転んだアミラが呟く。
「アルフィン殿は凄いんですね。でも、シルフィー殿も、そんなに凄いのですか?」
「十四郎、自分で乗ってシルフィーの凄さは知ってるだろ?」
「確かに……」
考え込む十四郎に、アミラは大きな溜息を付いた。
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小屋が完成した十四郎は、アルフィンを引き取りに来た。朝から待っていたビアンカは、言いたい事を整理していたが、十四郎の恰好に唖然とした。
「十四郎……その服……」
「着物を洗濯しまして、これはケイト殿が貸してくれました。ご主人の服は大き過ぎたので、メグ殿の兄上ダニー殿の物です」
「それ……子供用ですよ」
「どうりで、ケイト殿に止められたんですね」
平然と言うが、童顔も手伝い十四郎は子供みたいに見えた……とても武闘大会覇者には見えず、ビアンカは苦笑いするしかなかった。しかし、同時に千載一遇のチャンスでもある。着る物に無頓着なら、自分好みの服を十四郎に着させる事が出来る……ビアンカは、ニヤリと笑った。
「十四郎……ビアンカ、何か変なんですけど?」
心配そうなシルフィーをよそに、何も気付かない十四郎は首を傾げた。十四郎の朝一番のインパクトに心を乱されたが、気を取り直した心配顔のビアンカが十四郎にそっと囁く。
「アルフィン、大丈夫でしょうか?」
「何がです?」
他人事みたいな十四郎に、何だか気が抜けたビアンカは溜息を付いた。
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十四郎はまたアルフィンに乗らず、手綱を引いて歩く。後ろから付いて行くアルフィンは、不思議な感覚に包まれる。街の人々は笑顔で挨拶し、動物達も同じ様に嬉しそうに十四郎に話し掛けた。
家に着くと新しい馬小屋は、小さいが丸太で出来た立派なものだった。
「アルフィン! 綺麗な馬、とっても可愛い」
直ぐにメグが走って来る、その笑顔は眩しくてアルフィンは何故がキュンとなる。そして、言葉の意味は良く分からないが、その笑顔でなんとなく理解出来た。寄り添うケイトも穏やかな笑顔を浮かべ、迎えている。
経験した事の無い気持ちが湧きあがる、今まで人間は自分を物として扱ってきた。優しくされた記憶など、欠片もなかった。広い牧場で思い切り走った、あの日以来……。
その速さは見る物を感嘆と驚愕に陥れ、人はその価値に狂喜し、その日からアルフィンは特別で貴重な商品になった。その価値を高め、商品としての希少価値を更に磨く為、調教や手入れ、餌の管理などが徹底された。それは愛情などではなく”商品”を高く売る為の投資でしかなかった。
「あんたがアルフィンか、俺はアミラよろしくな」
小屋で休んでいると、入口にアミラが来た。
「何故、ここの人間はあんなに笑顔なんですか?」
疑問は更に大きくなっていた。メグやケイトは何度も見に来るし、十四郎も藁を変えたり水を運んだり、頻繁に来ていた。皆、優しい笑顔を浮かべながら。
「まあ、アンタは価値があるからな」
「価値?」
「ビアンカの屋敷知ってるだろ、あそこより何倍も広い土地と交換出来るってことさ」
「だからか……」
なんとなく分かったアルフィンは、呟き少し俯いた。
「でもさ、勘違いしないで欲しいな。ここのメグやケイト、十四郎が笑顔な訳を」
「どういう事ですか?」
「ここの皆は、あんたに価値があろうと無かろうと、そんなのは関係ない。ただ、新しい家族が出来て喜んでるだけなんだ」
後ろ足で耳を掻きながら、アミラは笑う。
「家族……」
アルフィンには、その言葉の意味がよく分からなかった。




