騎士とサムライ
十四郎の両側から剣を振りかざし、襲い掛かる男達。体格差は大人と子供くらいは優にあり、バビエカは思わずアウレーリアに向かって叫んでしまった。
「助けろっ! 殺されるぞっ!」
しかし、アウレーリアは穏やかな笑みを浮かべるだけで動く素振りさえ見せない。
「大丈夫だよ、十四郎は」
アルフィンはバビエカに向かって何事もない様に言うが、鎧の男は手下に叫ぶ。
「あの馬だっ! 最高の名馬だっ! 捕まえるんだっ!」
手下が十四郎に近付くと、その小柄さ故に鎧の男は感じていた衝撃と危惧を忘れ、改めてアルフィンの超絶な価値に気付いた。
「逃げろっ!」
バビエカが叫んだ瞬間、アルフィンに向けて四方から縄が放たれる。だが、次の瞬間! その場所にいたはずのアルフィン姿はなく、縄はポトンと地面に落ちた。
「何があった?」
唖然と呟くバビエカだったが、縄を投げた男達も見ていた鎧の男も同じ事を呆然と呟いていた。だが、呆然としていられたのは一瞬で、次の瞬間には男達は遥か後方に吹き飛ばされていた。アルフィンは縄を避けると同時に、男達を蹴り飛ばしていたのだった。
「縄って、ヤダよね」
そして、バビエカが気付くとアルフィンはブツブツ言いながら、器用に口で絡むバビエカの縄を解いていた。
「お、お前、何を……」
至近距離で見るアルフィンの美しさと、鼻孔を弄る柔らかな香りがバビエカを今度は”見えない縄”で縛った。だが、バビエカはプライドと言う”バカ力”で言葉を捻り出す。
「そんな事より、魔法使いを助けろ!」
「だから、大丈夫なの……十四郎は」
縄を解きながら、アルフィンは微笑んだ。
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男達の剣が十四郎に当たる瞬間、誰しも血に染まり地面に倒れる光景を予想するが、地面に
倒れたのは男達の方だった。
「えっ?」
アルフィンの方から十四郎に視線を戻した鎧の男は、また唖然となった。あまりにも一瞬で、何があったか分からなかった。
そして、脳裏にアウレーリアの言葉が蘇る”……十四郎……モネコストロの魔法使い……”。
「何をしてる! 相手は丸腰なんだぞ! 四方から行けっ!」
鎧の男の男が叫ぶ! 手下が一斉に襲い掛かる! だが、瞬きの間に手下達は地面に転がっていた。
十四郎は正面の男の剣を振う腕を取り、同時に後ろ蹴り! 左右は腕を取った男の腕を捻りながら、男の体を使って横薙ぎにしていた。
一瞬で倒された四人を見て、取り囲む手下達に恐怖が宿る。だが、鎧の男の男は怒りにも似た苛立ちが、腹の底に充満した。
「矢だっ! 至近から矢を放てっ!」
号令で弓手が左右から弓を放つが、十四郎は殆ど最小限の動きで全ての弓を躱した。
「怯むな! 周囲から射掛けろ!」
鎧の男が叫んだ瞬間、今度は銀色の巨大な影が十四郎の前に忽然と姿を現した。当然、弓手達は金縛りにあったみたいに、動きが止まった。
「さっさと片付けろ……」
溜息交じりに呟くローボは、咥えていた刀を差し出した。
「すみません……」
苦笑いの十四郎は、刀を腰に差すとローボの姿が消えた。
「はっ……は、放てっ!」
呪縛から解放された鎧の男が叫ぶ! だが、四方から放たれた矢は十四郎の足元にポトリと落ちた。十四郎が刀を抜いた様には見えなかった……まるで、見えない壁に当たったみたいに四方から放たれた矢は地面に落ちたのだった。
そして、次の瞬間には弓手達も地面に倒れた。それだけではない、十四郎は刀を抜かないまま遠巻きに取り囲む手下達に近付くと、瞬きする瞬間に手下達は次々に倒れて行く。
ほんの少しの間に、鎧の男と側近数人を残すだけになっていた。
「何なんだ……お前は?」
「私は、ただのサムライですよ」
唖然と呟く鎧の男に向かい、十四郎は穏やかに微笑んだ。そんな様子を俯きながら、少し頬を染めて見守るアウレーリアの事を、ローボも唖然と見詰めていた。
「一体、どうなってるんだ……」
言葉はそれしか、出なかった。
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ココの説明を受けた城関の門番は、顔を引きつらせた。白馬に跨るビアンカは、ぎこちない微笑みを浮かべているが、気品や優雅さ、そして全てを圧倒する美しさで城関の兵を思考停止に追いやっていた。
「ビアンカ様の前では、青銅騎士の威厳も必要なかったな」
「確かに……私等、完全に無視だもんね……」
溜息交じりで呟くココの横で、ノィンツェーンも苦笑いした。
「それでは、通させてもらう」
ツヴァイは威厳に満ちた態度で城門を潜ろうとするが、門番は泣きそうな顔で縋った。
「お待ち下さい。我々は何も知らされていないのです……万が一……」
「皇太子殿下の命に背くのか?」
「それは……」
馬上からツヴァイが睨むと、門番は言葉を失った。
「これは、ツヴァイ殿……お久しぶりです」
そこに、身なりの良い壮年の騎士が現れた。
「貴殿とはどこかで、お会いしましたかな?」
鋭い視線でツヴァイは騎士を見返す。ココとノィンツェーンは、気付かれないよう自然に振舞いながらも、臨戦態勢をとった。
「もう、どのくらい前でしょうか?……確か、青銅騎士選抜のおりに……」
「そうですか……しかし、申し訳ないですが……」
正直な答えだった。ツヴァイには全く心当たりはなく、愛想笑いを浮かべながら瞬時に周囲の敵兵の配置を探った。
「いえいえ、私などツヴァイ殿の記憶に残るはずもありません……ですが、少し変な噂を耳にしておりまして」
同じく愛想笑いの騎士は、急に視線を強めた。
「ほう、どんな噂ですかな?」
ツヴァイも強い視線を返す。
「……裏切った、青銅騎士がいると……」
騎士の言葉を受け、ココとノィンツェーンは、ゆっくりと剣に手を掛けた。
「その噂は私も聞きました。確か、アインスを筆頭に数人が反旗を翻し……アウレーリア殿に成敗されたと」
怪しく微笑むツヴァイは、騎士の顔色を見据えた。
「その話は聞き及んでいます……ですが……」
顔色を変える事無く、騎士はツヴァイを見据えた。
「他にも裏切り者が出たと、私も聞いています……誰とは、知りませんが……」
ツヴァイは威厳を保ち、凛とした言葉で言い放った。騎士は暫くの沈黙の後、表情を和らげた。
「……そうですね……私も、聞き及んではいません……何せ、辺境の地ですから……それでは、どうぞお通り下さい」
ツヴァイ達はビアンカを先頭に城門に入るが、ツヴァイは振り返ると騎士に向かって言った。
「近くにモネコストロの魔法使いが来ているとの情報があります。そして、それを追ってアウレーリア殿も来る可能性があると……いいですか、アウレーリア殿は魔法使いとの戦いを邪魔する者は、例え味方でも容赦しません。先のアールザスでの戦いに於いて、味方を数多く殲滅しています……くれぐれも、ご用心下さい」
「それは、相対した時には逃げろ……と、言うことですかな?」
騎士のプライドか、壮年の騎士は悔しさを顔に出した。
「我ら青銅騎士を含め、黄金騎士が全員で掛かってもアウレーリア殿の敵ではありません……神を前にして引く事は、逃げる事とは意味が違います」
ツヴァイは真剣な目で、騎士を見詰めた。
「……ご忠告、感謝致します」
一瞬の躊躇の後、騎士は深々と頭を下げた。
「何で、十四郎様の事まで言うのよ?」
馬を寄せたノィンツェーンは、ツヴァイに耳打ちした。
「あの人は、全て知っていた……騎士として一言、感謝を伝えたかった」
「もう、人が良いんだから……」
ノィンツェーンは苦笑いするが、ビアンカは真剣な顔で俯いていた。アウレーリアと名前だが出る度に、胸を氷の刃が突き刺していた。それを我慢する為に手綱を握り締め、唇を噛んだ。
「大丈夫?……」
「うん……大丈夫」
心配そうに顔を向けるシルフィーの首筋を撫ぜ、ビアンカは無理して微笑んだ。




