再会
「様子が変だね」
「その様ですね……」
まだ遠目だがアルフィンは直ぐに気付き、十四郎も呟いた。そこには、十数人の男達に取り囲まれたアウレーリアの姿があった。戦ってる様子もなく、まるで別人の様に見える事は違和感でしかなかった。
「……全く、加減と言うモノを知らん奴らだ……」
振り向くと、やっと追い付いたローボが息を切らせていた。
「ローボ殿、どう思いますか?」
十四郎に促され、様子を伺ったローボは口元を緩めた。
「何だ、あの女……今なら、容易く倒せるな」
アウレーリアの持つ破壊的な殺気は失せ、その先には”普通”の人にしか見えない姿があるだけだった。
「何言ってるの、助けないと」
「助けるだと? あの男達をか?」
牙を光らせたローボが、アルフィンを睨んだ。
「違うよ! あの女の人だよ」
「気は確かか?! あの女はなっ!……」
「ローボ殿、落ち着いて下さい」
興奮してアルフィンに詰め寄るローボを、十四郎が低い声で押さえた。
「十四郎! お前もか?! あの女は、お前にとって最悪の障害だっ! 今を逃せば排除出来る機会は無いかもしれないんだぞっ!!」
「……私はアウレーリア殿を排除などしませんよ」
更に牙を剥くローボの方を、十四郎は穏やかに見る。その優しい眼差しは、沸騰するローボの怒りをゆっくりと宥めた。そして、小さく息を吐いたローボは静かに呟いた。
「では、どうする?」
「アルフィン殿言う通り、アウレーリア殿を助けます」
「勝手にしろ……」
顔を背けて呟くローボだったが、反対側から見た横顔には笑みが浮かんでいた。
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「誰か近付いて来ます」
「何だと?」
報告を受けた鎧の男は険しい表情とは裏腹に、心の中で胸を撫で下ろした。それは、アウレーリアの紋章を見た衝撃を一瞬でも忘れられるからだった。
視線を向けた先には、遠目でも名馬と分かる馬に乗った小柄な男が近付いて来る。不思議なのは、その直ぐ横に見える銀色の狼の姿だった。
「狼だと?……何だ? あの大きさは……」
鎧の男が驚くのも無理はない。ローボは普通の狼の優に三倍はあり、アルフィンと比べても
その大きさは際立っていた。
その姿が鮮明になると、瞬時に凍る背筋……そして、十四郎の容姿がギャップとなった。
「狼を連れている男、まるで子供じゃないか……」
唖然と呟く鎧の男は、ふと横を向くと凍ったままの背筋が、更に氷に押し付けられる。そこには、薄笑みを浮かべるアウレーリアの姿があった。
その美しさだけなら、地球上の全てのモノを凌駕するとも思えたが、美しさの陰に見え隠れする言い表せない胸の中に渦巻く”不安感”は、多分……恐怖と同義だった。
「……十四郎……」
消えそうな声がアウレーリアの宝石の様な唇から零れた。その声は、全ての男と言う生物の全身を溶かすように甘く狂おしい響きだった。
「あの男を知ってるのか?」
「……はい」
鎧の男が聞くと、アウレーリアは視線を釘付けにしたまま小さく頷いた。
「誰なんだ?」
「……十四郎……モネコストロの魔法使い……」
アウレーリアは俯いたまま、消えそうな声で呟いた。
「何だと?! ならば、あの狼は……獣神……ローボ」
瞬時に全てが明らかになる。だが、何故魔法使いと獣神ローボが現れたのか? 鎧の男は更に混乱した。
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縄が絡み、動きが散れないバビエカの視界にアルフィンの姿が飛び込む。躍動するしなやかで美しい肢体、光り輝く純白の馬体にバビエカの目は釘付けになった。
「お前がアルフィンかっ?!」
思わずバビエカは叫んでしまった。
「そうだけど、あなた誰?」
「俺はバビエカ! エスペリアム最速だっ!」
「そうなんだ……」
叫ぶバビエカだったが、アルフィンは素っ気ない声で言った。その様子がバビエカのプライドを引き裂く! 縄に繋がれてるのも忘れ思わず大暴れした。
「馬を押さえろ!」
一旦、十四郎から目を離した鎧の男が叫んだ。だが、そんな混乱など意に介せず、アルフィンを降りた十四郎はゆっくりと近付いた。
「止まれ! 剣を捨てろ!」
気付いた鎧の男は、アウレーリアの喉元に剣を当てて叫んだ。十四郎は、素直に刀を地面に置いた。素早く手下が十四郎の刀を拾い、両側から腕を掴んだ。
「お前まで何をしている?! 魔法使いっ!」
「十四郎は助けに来たんだよ」
アウレーリアと同じ様に抵抗しない十四郎を見てバビエカが叫ぶが、アルフィンは平然と言った。
「剣を捨てるなんて! 本当に気はたしかかっ?!」
「お前、煩い……」
「うっ……」
それでも叫ぶバビエカに、押し殺した声でローボが牙を光らせた。その低い声で、バビエカは次の言葉を失った。
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「どうします? この男」
手下は十四郎を押さえたまま聞いた。最初は驚いた鎧の男だったが、至近で見る十四郎の迫力の無さと無抵抗な様子に心拍数は平常近くに戻っていた。
「始末しろ」
鎧の男が言った瞬間! 目前を風が吹き抜けた。そして、何が起こったか把握できるまで数秒を要し、目を見開いた。十四郎の両側の男達は後方に吹き飛び、アウレーリアが十四郎の傍で俯いていたのだった。
要約するとこうだった。十四郎を押さえている片方の男が剣を抜き刺そうとする。その瞬間アウレーリアが見えない速度で移動し、刺そうとする男を斬ろうと剣を抜く。だが、その刹那に十四郎は剣を持つアウレーリアの腕を取り、同時に男達を後方に蹴り飛ばしたのだった。
「アウレーリア殿、いけません。人を斬っては」
「……どうして?」
肩の触れる距離で十四郎は優しく言うが、アウレーリアは顔を上げないまま呟いた。
「どうして、でもです」
「でも……あの人達……十四郎を……」
更に優しく続ける十四郎の顔を、ゆっくりと見上げたアウレーリアは途中で言葉を詰まらせた。
「私は大丈夫ですよ……アウレーリア殿、もう人を斬らないと約束してくれますか?」
「……はい」
「まさかな……」
簡単に承知したアウレーリアの様子を見て、ローボが呆れた様に溜息をついた。だが、そんなやり取りを唖然と見ていた鎧の男が、急に正気に戻る。
「何なんだ……いいから! 男を始末しろ! 女は傷つけるなよ!」
こちらも号令で正気に戻った手下達が、一斉に襲い掛かった。十四郎は、アウレーリアを片手で後ろに制した後に、穏やかに微笑んだ。
「いいですか、アウレーリア殿。見ていて下さいね……」
「はい……」
嬉しそうに微笑むアウレーリアの顔を、アルフィンは笑顔でバビエカは目をテンにして見詰めていた。




