城
「申し訳ありません!」
マルコスはローベルタ婦人に、深々と頭を下げた。今のマルコスに出来る事は、正直に話すしかなかった。話の内容を真剣に聞いたローベルタ婦人は、一呼吸置いてマルコスを真っ直ぐに見た。
「アウレーリアの噂は聞いてます。十四郎殿でも敵わないかもしれない大敵……今が戦う時なのですか?……それに、ビアンカや側近の方々まで、この場を離れるとは……」
ローベルタ婦人の声が、呆れた様に聞こえた。マルコスは全身から汗を拭きだし、下げたままの顔を上げられなかった。そんな、マルコスを救ったのは、アリアンナだった。
「アウレーリアが来るんです……十四郎は、私達の所に来る前に防ごうとしているのです……ビアンカ達は、仲間の家族を救う為に……」
「……全く……忙しい方達ですね」
アリアンナの言葉を途中で遮り、ローベルタ婦人は溜息をついた。
「私達は仲間を見捨てません……それに、今、アウレーリアがここに来れば……」
涙がアリアンナの頬を伝う。何も出来ない自分への怒りと、情けなさが全身を震わせた。
「マルコス殿、私達は待っているだけですか?」
表情を和らげたローベルタ婦人が、マルコスに視線を視線を向ける。
「それは、その……」
瞬時に噴き出す滝の様な汗で、マルコスは池に落ちた様にズブ濡れになった。
「砦、いえ、城を築きたいと思います」
そんなマルコスを押し退け、アリアンナは言い放った。
「城ですか?」
「はい。これからも味方は増え続けます。そして、当面の敵であるアルマンニの魔法使いも勢力を拡大しています。城は”起点”になるのです。私達の戦いに於いて、全ての……」
穏やかに微笑むローベルタ婦人に、アリアンナは言い放った。
「ですが、味方を集中すれば一網打尽にされる危険がありますよ」
ふいにローベルタ婦人の目が鋭い光を放つが、アリアンナも強く睨み返す。
「そうならないように、難攻不落の城を築きます」
「当てはあるのですか?」
「それは……」
ローベルタ婦人の強い言葉に、アリアンナは口籠った。
「堅固で攻めにくく、万を超える人々を収容できて、しかも長い籠城に耐えらる城など今から作るなど到底無理です」
汗に塗れるマルコスは、二人の会話の中に一筋の光を見た。始まったばかりの自分達の計画だったが、将来の展望も明確な作戦も確かなビジョンがある訳でもなし、考えは霧に霞んでいた。
だが、アリアンナの言葉は見えない道筋を示していた。アリアンナの用意した砦は、既にキャパシティーは限界に達し、攻められ易いと言う弱点も露呈した。しかも、敵地であるイタストロアの中にあると言うのもハンデとなっていた。
「それならば、よい場所があります」
「どこですか?!」
呟くマルコスに、アリアンナが目を見開いて叫んだ。
「我がモネコストロの東の端、ミランダ砦の近くに古代の遺跡があります」
「遺跡ですか? 掘り起こすのに……」
遺跡と聞いて砂に埋まる手の付けられない状態を想像し、唖然と呟くアリアンナだっが、マルコスの目は輝いていた。
「いいえ、遺跡は森に飲み込まれています。広大な城壁も蔦など伐採すれば、殆ど最低限の補修で使えます」
「その規模は如何ですか?」
「そうですね、平城で外壁で囲まれた範囲はイタストロア城の三倍程」
マルコスの言葉は、アリアンナを不安にした。想像するイタストロア城は然程大きくはなく、広さを三倍として、一万前後は収容出来るが広さを考えると狭くも感じた。
「それなら、防御には丁度よいかもしれませんね」
「えっ?……」
思いがけなくローベルタ婦人が笑い、アリアンナは首を傾げた。
「広過ぎると、防御が手薄になります。なんせ、全周が城壁です。しかも、ミランダ砦のおかげでイアタストロア側からの侵攻も防げる。それに、あくまでも”起点”です」
「モネコストロ領内なら、周囲に出城を築けば守りは更に強固になりますね」
マルコスに続き、ローベルタ婦人が補足した。
「それなら……」
「ああ、アンタの言う難攻不落の城が出来る」
微笑むマルコスの顔がアリアンナを救い、道標を得たマルコスも心が躍った。
「早速、始めて下さい」
「分かりました、直ぐにロメオ殿に連絡します!」
ローベルタ婦人の言葉を受け、マルコスは元気よく返事した。
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「遅かったな」
「ビアンカ様! お待たせしました!」
笑うココを無視して、ツヴァイはビアンカの前に片膝をついた。微笑むビアンカの横で、ココは溜息交じりに言った。
「俺は無視か……まあ、いい。それより、今から関城を抜ける。お前とノィンツェーンは青銅騎士として、姫殿下であるビアンカ様の護衛だ」
「お前は?」
「俺はビアンカ様の侍従だ」
直ぐに察したツヴァイがココを見ると、ココは薄笑みを浮かべた。
「意味がよく分かんないんだけど……」
「そうですね……」
ノィンツェーンが首を傾げ、ビアンカも同じように首を傾げた。
「ビアンカ様は、さる国の姫殿下で、アルマンニ皇太子への謁見の為にアルマンニに入ります」
「そうか……でも、護衛少なくない?」
ココの説明に納得はしたが、ノィンツェーンは不安そうだった。
「お忍びだからな、少なくて当然だ。それに、一騎当千の青銅騎士が二人もついてるんだぞ」
「まあ、そうだね」
褒められたノィンツェーンは、満足そうに笑った。だが、一人蚊帳の外のビアンカは、寂しそうに聞く。
「私は、どうすれば?」
「ビアンカ様は、そのままで結構です」
「そうですよ。ビアンカ様は何もしなくても、お姫様より綺麗なんだから」
「確かに、ビアンカ様なら古今東西の姫殿下と比較しても最高に美しい……」
ココは小さく頭を下げ、ノィンツェーンは自分の事の様に喜ぶが、ツヴァイだけは赤面しながら呟いた。
「何で赤くなってんの?」
「うるさい!」
突っ込むノィンツェーンの手を振り解き、ツヴァイは背中を向けた。
「それじゃあ、行きますか」
ココは遠くに見える関城を見据え、ビアンカ達は出発した。
「ビアンカ大丈夫?」
心配そうにシルフィーが声を掛けるが、ビアンカは首筋を撫ぜながら呟いた。
「大丈夫……行きましょう」
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「何をしてる!? 戦えっ!」
四方から縄を絡められたバビエカが叫ぶが、アウレーリアは両側から男達に腕を捕まれ俯いていた。
「どうしたんだっ!?」
更に叫ぶバビエカだっが、アウレーリアは顔を上げなかった。
「何だこの女?」
「変な気分だ……」
掴んだ腕の細さ、パラリと落ちる美しい髪、何より鼻孔を優しく撫でる艶やかな香りが、男達を混乱? 否、虜にしていた。
そこに鎧の男が近付く。遠目でも分かるアウレーリアの美しさと可憐さ、だが手の届く距離のアウレーリアには、眩し過ぎて目を細めなくてはいられない程の”美”があった。
「……」
一瞬、言葉を失う鎧の男は震える手で、アウレーリアの顎を上げ顔を覗き込む。純白の肌、黄金比の目鼻立ち、何より憂いに満ちた瞳は胸に炎の刃を突き刺した。
「う、馬を押さえろ……戻るぞ」
声を震わせる鎧の男は、アウレーリアの両側の男達を強引に引き離す。突き飛ばされた男達は、手の中に残るアウレーリアの残り香を愛おしそうに握りしめていた。
だが、後方の男が気付いた。最悪の印に……。
「その紋章……」
掠れた声で近付くと、目を見開いたまま動けなくなった。
「何だと言うのだ?」
動けなくなった男を睨んだ鎧の男は、アウレーリアの鎧に目を落とすと同じように声が掠れた。
「まさか……そんな……」
そこには確かに”逆さ十字架”の紋章が刻まれていた。




