魔物の中の魔物
「どうした?」
急に手綱を引いて速度を落としように指示するアウレーリアに、バビエカが首を捻った。
「誰かが、道を塞いでいます」
アウレーリアは既に気付いていた。
「また、蹴散らすのか? それとも、迂回するか?」
「このまま……」
「急ぐんだろ? いいのか? 寄り道なんてして」
「……」
バビエカの問いに、アウレーリアは黙って俯いた。
「何なんだよ?」
俯き髪で隠れるアウレーリアの頬が、ほんのり赤く染まるのを見たバビエカは溜息をついた。
「止まれ!」
その時、数人の男達が道を塞いだ。
「どうするんだ?!」
走り抜ける体制を維持したまま、バビエカは叫びながら男達が乗る馬を鋭い視線で威嚇すると、馬達は瞬間にバビエカの視線で凍り付く。そして、そのまま後退りを始めた。
「何だ? どうした?!」
男達の手綱など無視して、馬達は下がった。その姿には明らかに恐怖が混ざり、男達もさすがに気付く。
「あの馬だ! あれは普通じゃないぞ!」
巨大な漆黒の馬体、躍動する筋肉、風になびくたてがみ、小柄なアウレーリアが乗っているせいもありバビエカの躰は更に大きく見えた。
慌てて馬を降りた男達は、一斉に剣を抜くとアウレーリアに向かって叫んだ。
「大人しく馬を降りろ!」
すると、アウレーリアは素直にバビエカを降りる。
「お前! 何をしてる!」
叫ぶバビエカは前足を空高く蹴り上げ、アウレーリアと男たちの間に割って入った。
「火だ! 馬を女から離せ!」
男達は慌てて火を熾す、その混乱の中に甲冑の男が到着した。
「何の騒ぎだ?」
「それが、あの馬が女を守るようにして」
目前ではバビエカがアウレーリアを守る様に、火を振りかざす男達と対峙していた。
「賢い馬だ……それに……」
至近距離で見るアウレーリアは、甲冑の男の全ての思考さえ奪う美しさだった。他の男達もバビエカの暴れ具合よりも、アウレーリアの姿に見惚れていた。
「縄だ……」
「……えっ?」
隣の男に指示するが、男も思考を停止させていた。
「何してる! 縄を集めろ! ありったけだ!」
「あっ、はい」
甲冑の男の男の大声で、やっと他の男達も動き出した。
「乗れ! 逃げるぞ!」
「……」
男達が縄を用意する様子はバビエカに昔の嫌な記憶を蘇らせるが、アウレーリアの様子は変わらずおかしかった。
「縄を使うつもりだ、あれは嫌なんだ」
幾本もの縄が全身の自由を奪い、意思や感情を無視した緊縛の悪夢がバビエカの脳裏に蘇った。そうなれば、アウレーリアを守れない……バビエカは更に声を荒げた。
「魔法使いに会うんだろ! 捕まれば会えないぞ!」
「……大丈夫……十四郎は……来る」
「やっと喋ったか……」
消えそうなアウレーリアの声を聞いてバビエカは安堵するが、その瞬間に四方から縄が放たれた。
________________
「場所は分かってるんでしょうね?!」
馬を並べて走るノィンツェーンが、ココに叫んだ。
「ああ! 大体の場所はなっ! 国境沿いの村だっ!」
「大体って! 何よそれっ! それに直ぐに国境だよ! このまま街道を行くの?!」
苦笑いのノィンツェーンが叫ぶが、ココは平然と言った。
「この辺りの山道は険しい! 時間が惜しいからな!」
「関城はどうすんのよ?!」
その言葉に、ココは急に手綱を引いて急停止した。少し行き過ぎたノィンツェーンは、慌てて戻りココの顔を見る。
「その顔は考えてないって顔ね……」
「まあ、そうだね」
呆れるノィンツェーンの顔を、ココは苦笑いで見た。その瞬間! 白い何かが真横を凄い速さで通り過ぎた。
「……ビアンカ様……」
「……ツヴァイに殺される……」
唖然と呟く二人の前に、シルフィーとビアンカが疾風の如く現れた。
「私も行きます!」
直ぐにシルフィーを寄せたビアンカは、真剣な顔で二人を交互に見る。
「その、ビアンカ様……誰に聞いたのですか?」
恐る恐るココが聞くと、ビアンカの瞳に輝きが見えた。
「ツヴァイに聞きました」
「そうですかぁ~」
ノィンツェーンはそれを聞くと、物凄く大きな溜息をついた。そして、ココに近付き耳打ちをした。
「どうすんのよ?」
「まあ、帰れって言ったって、素直に聞く様なビアンカ様じゃないしな……」
ココも溜息交じりに呟いた。
「そうだね……それに、今のビアンカ様、私等より、よっぽど強いしね……で、どうするの?」
「暫く待ってから、出発だ」
ノィンツェーンも溜息を漏らすが、ココは苦笑いで言った。
「えっ? 何で?」
「少し遅れて来るよ、物凄い形相でツヴァイが」
「あっ、なるほど」
ノィンツェーンの脳裏に、血相を変えるツヴァイの顔が浮かんだ。
「ビアンカ様、関城を突破します。ツヴァイが追い付いたら、出発です」
「ツヴァイが来るんですか?」
驚くビアンカに、ノィンツェーンが苦笑いで言った。
「来ますよ……絶対」
_______________________
「お聞きしたい事が……」
「何だ?」
背中を向けていた七子は、ドライの質問を受け振り向いた。
「アウレーリアは魔法使いの剣に勝る魔剣を手に入れました……直ぐに二人は対峙します……」
「そうだろうな」
口元を緩め、七子は薄笑みを浮かべる。
「どちらが勝つと思われますか?」
「お前はどう思う?」
ドライの質問を七子が聞き返した。
「強さは互角……ですが、剣はアウレーリアの魔剣方が……」
答えるドライだっが、少し戸惑っている様な口調だった。
「普通に考えれば、アウレーリアが勝つだろうな」
「ですが……」
「だから、何だ?」
言葉を詰まらせるドライだったが、七子は溜息交じりに言った。
「万が一、アウレーリアが……」
「アウレーリアが十四郎に味方するとでも?」
笑みを浮かべ聞き返す七子の表情を見たドライは、背筋に悪寒が走る。
「そうです……そうなれば……」
「可能性はあるな」
「そんな……」
ドライは言葉を詰まらせるが、七子はゆっくりと立ち上がった。
「そうなれば、十四郎はどうするか?」
明らかに七子は笑っていた。
「……どうなるのですか?」
「確かに、アウレーリアは最高の戦力になる。だが、同時に最大の問題にもなるのだ」
七子の笑う意味が、ドライには理解できなかった。
「何が問題なのですか?」
「あの女だよ……あの純粋で純白な……」
その七子の言葉で、ドライの中にある危惧は全て繋がった。そして七子は、困惑するドライに向かい笑顔を消した。
「計画の進捗は?」
「はっ、予定通りに……」
切り替えたドライが報告する……戦って魔法使いが勝てば、アウレーリアが消える……アウレーリアが勝てば魔法使いが消える……だが、例え二人が結託しても更なる混沌が待ち受けている……どう、転んでも七子には有利となる。
全てを見越す七子こそが、魔法使いやアウレーリアさえ凌ぐ”魔物”かもしれないと、ドライは心から思った。




