嵐の前
「今の……時間が……すき……」
「何を言ってるんだ?」
背中を向けて呟くアウレーリアの言葉は、バビエカには分からなかった。
「……もうすぐ……十四郎に会える……」
「お前は何がしたい?……」
消えそうな声で呟くアウレーリアの横顔が、地獄の様な周囲の光景に乱反射して、思わずバビエカは強い声で聞いた。
その問いにアウレーリアは天使の様に微笑むが、バビエカには魔女の微笑みにしか見えなくて背中に大量の汗が流れるだけだった。
思考も体も固まるバビエカに、アウレーリアはゆっくりと近づいて跨った。
「行きましょう……」
手綱を持ったアウレーリアが小さく呟く。バビエカは、まるで見えない巨大な手で押された様に走り出した。当然アウレーリアの手綱は、もっと速くと無言で催促していた。
振り向いたバビエカは、アウレーリアの子供みたいな笑顔が気になった。神や悪魔さえ凌駕する、この魔女が笑っている……。
その笑顔は純白で、何の汚れもない……魔女の微笑みは、本来なら身も凍るはず。だが、今のアウレーリアの笑顔は違っていた。
応援したい、叶えてあげたい……そんな思いに包まれるバビエカだった。
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十四郎が待機する部屋に、豪華な服を身に着けた如何にも貴族と言う男がやって来た。三十台後半だろうか、人当たりの良さそうな笑みを浮かべているが視線には鋭さが見え隠れしていた。
「魔法使い様、初めてお目に掛かります。リベラと申します……」
リベラは横目でローボとライエカ見ながら自分が西方の侯爵で、商いを中心産業として所領を治めている事などを説明した。
「どう言う、商いですか?」
「我が所領は山岳の荒れ地、生産できる唯一の商品は武器です」
笑顔の十四郎にリベラも笑顔で答えるが、その笑顔に十四郎は違和感みたいなものを感じた。
「武器ですか……」
「剣や槍、弓や鎧、城門を破る破城槌や投石器なども扱っています。私どもの武器は、イアタストロアだけでなく、他国にも輸出しています」
「お前は十四郎に味方するのか?」
伏せたまま、ローボがリベラを睨んだ。
「これは、ご挨拶が遅れました神獣ローボ様。当然、私は魔法使い様の見方でございます」
わざとらしく大仰に礼をして、リベラは微笑んだ。
「十四郎達が目指すのは戦いの無い世界……あなたの商売とは相反するけど?」
十四郎の肩にとまったライエカ喋ると、一瞬リベラの顔色が変わった。
「あなた様は?」
「私はライエカ」
「まさか、あの伝説の……」
青褪めながら、明らかに動揺するリベラだった。確かにイタストロア人にとって、ライエカはローボさえ凌ぐ”神”なのだから。
「確かに平和な世界には武器は必要ありませんが、この大陸が統一されても他の大陸の脅威が消える訳ではございません……需要は無くならないのでございます」
襟を正したリベラは、ライエカに向かい大きく頭を下げた。
「そうなんだ……」
ライエカが十四郎を見ると、十四郎は苦笑いした。
「ところで、魔法使い様……ライエカ様にローボ様まで、あなた様はいったいどの様な方なのですか?」
「それが……」
今度は十四郎に向き直り、リベラが真剣に聞くが十四郎は愛想笑いするしか出来なかった。
「こんな奴だ……放っておくと、何をするか分からないからな……」
「全く、世話が焼けるから……」
ローボに続き、ライエカも溜息交じりに言った。その様子はリベラにとって衝撃でしかなかった、亜神と神が心配する”魔法使い”……それは正に神の領域だった。
もう一度深々と礼をしたリベラが慌てる要に部屋を出ると、入れ替わりにマルコスが真剣な顔でやって来た。
「今のはリベラ侯爵だったろ?!」
「あっ、はい」
「で、何と?!」
ポカンとする十四郎に、マルコスが詰め寄った。
「べ、別に……挨拶に来ましたけど」
「あの男は味方にも武器を都合するが、同じように敵にも与える……金次第でな」
「そんなふうには見えませんでしたけど……」
吐き捨てるマルコスに十四郎は笑顔を向けるが、マルコスは血相を変えて怒鳴った。
「奴は”死の商人”だ! 人の命で商売をする!」
「大丈夫ですよ、多分」
だが、そんな勢いのマルコスに対しても、十四郎は穏やかに言った。
「……全く」
大きな溜息のマルコスだったが、同じようにローボもライエカも溜息をついた。
「行くのか?」
マルコスが部屋を出ると、ローボが十四郎を見ないで言った。
「はい」
笑みを浮かべる十四郎を見て、ライエカが声を落とした。
「十四郎、その剣では……」
「分かっています」
笑顔を崩さない十四郎に、ライエカが声を荒げた。
「分かってない!」
「ありがとうございます、ライエカ殿」
「それだけか?」
頭を下げる十四郎に、今度はローボが低い声で言った。
「ローボ殿も、ありがとうございます」
そう言うと、十四郎は刀を取って部屋を出た。見送るライエカとローボは顔を見合わせると、小さく溜息をついた。
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「作戦はあるの?!」
前を走るココに、ノインツェーンが叫んだ。
「まだ考えてない!」
振り返ったココの笑顔は、ノインツェーンの沈む気持ちを軽くした。
「どうして私達の為にっ?!」
「仲間を救うのに訳なんかないさっ!」
屈託のないココの笑顔と”仲間”と言う言葉が、ノインツェーンの気持ちをさらに軽くした。
「でも! 作戦あった方がいいよっ!」
暗い気分は吹き飛び、ノインツェーンが叫んだ。
「それなら、正面突破だっ!」
「作戦じゃないじゃん! でも……それ、いいよっ!」
二人は声を上げて笑った。
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「十四郎様、ココとノインツェーンが行きました」
廊下の途中で、ツヴァイが十四郎の背中に言った。
「そうですか。二人なら大丈夫ですよ」
「何処に行ったか、お分かりなのですか?」
報告に笑顔を向ける十四郎に唖然とするツヴァイだったが、なんとなく答えは想像出来ていた。
「大切な人の為なら当然ですよ……後は私たちが支えてあげるだけです。ゼクス殿の大切な人は、私達にとっても大切な人ですから」
「……はい」
込み上げる勇気と元気が、ツヴァイを内側から支えた。
「それでは、私はちょっと……」
「どちらに?」
「直ぐに戻ります。他の方には内密に」
少し驚くツヴァイに向かい、十四郎はニコリと笑った。
「はっ、特にビアンカ様にはですね」
「お願いします」
頭を下げると十四郎は足早にその場を後にした。予感はあった、でもツヴァイは十四郎を心より信頼していた。そして、小さく深呼吸するとビアンカ達のいる応接間に向かった。
その途中、ローボが壁際でツヴァイを待っていた。
「察しの通りだ」
「はい……アウレーリアですね」
「ああ、ビアンカを頼む」
「はい、ローボ様も十四郎様をお願いします」
「あんなボンクラなど知らん」
一瞬、牙を光らせたローボが背中を向ける。見送るツヴァイは、その後ろ姿に深々と頭を下げた。




