忠義
聞き終えたツヴァイは、目を閉じていた。
「どうするつもりだ?」
「……」
静かに聞くココから目を背け、ツヴァイは無言だった。
「裏切りの原因は、妻と娘の人質だ」
「それしか考えられない」
ココは強くツヴァイを見る。確かに原因としてはそれしかないと思ったツヴァイだったが、現状ではゼクスの事より目を向けなければならない事が逼迫していた。
「敵の動きが活発になってる。我々には余裕はない」
「何もしないって事か?」
「ああ」
ココの問いに、ツヴァイは小さな声で答えた。
「だからこそ、助けに行く。今なら警備も手薄になってるはずだ……それに……」
真剣な眼差しをツヴァイに向けたココは、静かに言った。
「それに?」
ツヴァイには、ココの言葉の後に続く余韻が分かる気がした。
「十四郎様に知れたら、必ず自ら救出に向かうだろう。十四郎様が今、ここを離れる事は窮地に立つ味方の士気に係る」
「……そうだな……」
俯いていた顔を、ツヴァイが顔を上げた。
「お前はどうしたい?」
「誰が行くんだ?」
ココの問いに、ツヴァイは真っ直ぐの視線を返した。
「俺とノインツェーンで行く……男女の方が動き易い」
ココがそう言うと、ノィンツェーンは黙って頷いた。
「ならば、私も」
「お前は十四郎様とビアンカ様を守れ……十四郎様は、ああ言うお方だ。お前が傍にいて口添えしないと、直ぐに脱線だからな」
「確かにそうだな……」
ツヴァイの脳裏には、笑顔の十四郎とビアンカの姿があった。
「一番苦しんでいるのはゼクスだ……我々は仲間だからな」
「……ゼクスを頼む」
ココの言葉はツヴァイの胸に深く浸透し、正直な言葉が素直に出た。
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「手筈は整ったか?」
「はい。ロンメルス伯爵は、アウレーリア討伐に向かいました」
七子の目は怪しく揺れ、ドライもまた不敵に笑った。
「忠義心が強い者は、長生き出来ないものだな」
「はい。王に忠誠を誓う者の中でも、ロンメルス伯爵は別格です。伯爵さえ亡き者にすれば、王に従う者は総崩れになります」
窓の外を見ながら呟く七子に、ドライは言葉を重ねた。
「我が会津もそうだった……」
小さく呟く七子の脳裏に、故郷の山々が浮かび上がった。そして、暫くの沈黙の後、ドライを見据えた。
「勢力は?」
「はっ、ロンメルス伯爵の精鋭500程……殆どが生粋の騎士で、アルマンニ最高の騎士団です」
「流石に、あの女でも危ないな」
ドライの報告を受けた七子は、口元を緩めた。
「騎士団長のボーグを始め、五家宝剣と呼ばれる騎士は、黄金騎士にも匹敵します……ですが……」
ドライの顔色が変わる。その顔から血の気が引き、表情は強張っていた。
「500もの最強騎士でも、あの女は倒せないと?」
ドライの顔色を見た七子は、鋭い視線を向けた。
「全てに於いて、アウレーリアは桁が違います……アウレーリアに手を出せば……」
震えるドライを見て、七子は言い放った。
「共倒れは期待出来ないな……まあ、ロンメルスを排除出来ればいい」
七子は本音を口にしたが、何かが胸の奥で静かに蠢いていた。
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「アウレーリアにとって、我々は”虫”みたいなモノだ」
壮年の凛としたロンメルスは、呟く様に言った。その体は筋肉が躍動し、整えた髭と鋭い眼光が周囲を威圧していた。
「虫、ですか?」
長い金髪を束ねたギュンターは、その甘い顔立ちで笑みを浮かべた。細身だが、その鎧の下には躍動する筋肉が宿っている。
「虫は虫でも、俺達は毒虫だ」
「そうだ、死を賭しても国王陛下に仇成すアウレーリアを倒す」
盗賊の様な髭を蓄え、類人猿の様な身体つきのキッテルは言い放ち、細身だが全身鋼の様な筋肉のエールラーは、獣の様な目で声を荒げた。
「我等は盾となりロンメルス様を守り、剣となりアウレーリアを討つ」
「遥か南の土地には、人さえ食い尽くす蟻がいると聞く」
身体は大きくないが、如何にも身体能力が発達してそうなヨーステンが剣を握り締め、トレンゲルは子供みたいに小柄だが、聡明そうな顔で言った。
「まさにその通りだ。アウレーリアとて”人”……波状攻撃で疲れさせ、我が五家宝剣で止めを刺す……よいか、今こそ国王陛下の為、全ての力を集結するのだ」
「はっ。必ずや、アウレーリアを葬ります」
リーダー格のギュンターは、ロンメルスの言葉に深く頭を下げた。
「取り囲んで弓の攻撃からだ……決して剣の届かないアウトレンジから放つ矢は、休む間もなく降り注ぎ、アウレーリアの体力を奪う」
「どうりで見た事も無い大量の矢を持って来たのだな」
明るい声の軍師トレンゲルの中では、アウレーリアの攻略方は出来上がっていた。感心した様にヨーステンは呟くが、エールラーは不満そうに言う。
「まるで、猛獣の狩りだ。我ら騎士は肉弾戦や騎馬戦に於いて……」
「猛獣だと? アウレーリアがその程度なら苦労はない……魔物だ」
エールラーの言葉を途中で遮り、ギュンターは強い視線を向けた。
「魔物? そんな陳腐な言葉でアウレーリアは表せない……滅する為には我らも全滅の覚悟で刺し違えるしかない」
急に険しい顔になったトレンゲルは、悲壮な声で言った。
「やはり、それしかない……」
「そうだな……」
キッテルとヨーステンは同じ様に頷き、改めてロンメルスは皆の顔を見渡した。
「恐れるな、義は我らにある」
「陛下の為に! アルマンニの為に!」
剣を抜いたギュンターが叫ぶと、他の者も剣を抜いて同じ様に天に向かって叫んだ。
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ふいにアウレーリアが手綱を引いた。
「どうした?」
振り向いたバビエカがアウレーリアの顔を窺うと、一瞬で背筋が凍った。その横顔は薄笑みを浮かべていたが、真一文字に結ばれた口元が微かに動く。
「邪魔はさせない」
「……何を言ってる?」
立ち止まったバビエカは、声を震わせた。アウレーリアは、ゆっくりバビエカから降りると美しい髪を風になびかせた。
その神秘的な美しさとは裏腹に、バビエカの胸には氷の剣が突き刺さる。だが、訳の分からないバビエカは、声を震わせながら聞いた。
「どうしたと言うんだ?」
「十四郎が待ってるから……」
振り向いたアウレーリアの薄笑みは、バビエカにそれ以上の言葉を失わせた。




